もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
覚えの無い名前






ゆるりと重たい瞼をあけた
差し込んできた光は太陽ではなく、作られた明るさ
既に陽が暮れているようだった


「気が付きましたか、一縷さん」
「に・・・の・・・せん、せ・・・?」


口を開けば、かすれたような声しか出ない
新野先生は私を起こすと、竹筒を口元にあてた
傾けた竹筒からは水が出てきて、私はそれを飲むと、いくらかましになった喉で、ありがとうございますとつぶやくようにお礼を言った


「鉢屋くんが血相変えて呼びに来たので吃驚しましたよ」
「はちやくん、が・・・?」


茅野なら、同じくのたまだし、長屋の部屋を訪ねてきてもまだ分かる
けれど、鉢屋くんは忍たまだし、こちらを訪ねてくる用事など無いはず
思いもよらなかった名前に、私はしばし考える
新野先生は何故鉢屋くんが呼びに来たのかは知らないみたいだ
・・・彼がこちら側に来る用事・・・は、特に何も無いはずだから、いつもの変装でほっつき歩いていただけかもしれない


「鉢屋くんが見つけてくれて良かった、もう少し遅かったら命は無かったかもしれませんからね。何故そうなったのかは今更でしょうし聞きませんが、もう少し命は大切にしてください」
「ご迷惑を・・・おかけしました」


起き上がれないために、目礼しつつ御礼を述べると、新野先生はお大事に、と部屋を出て行った
天井を見ながらぼうっとしていると、不意に天井から気配を感じた
かたり、と小さく音を立てて天井に穴が開くと、そこから顔を覗かせたのは先ほど新野先生との会話に出ていた鉢屋くんだった

「お、一縷、起きてたのか。調子はどうだ?」
「新野先生を呼んでくれた見たいで・・・ありがとう」
「血の臭いがしたから確認したら大量出血で、流石の私も驚いたぞ」


どうやら風に乗って血の臭いが向こうまで届いてしまったらしい
下級生や私を敵視してる人に気がつかれなくて良かったと少し安堵した
下級生に死にかけなど見せるわけにもかないし、敵視している人から見れば、格好の餌になる
どちらにせよ、あまり良いものではない


「何故素直に医務室に行かなかったんだ?」
「伊作先輩が居れば反対に殺されかねないから」
「・・・あぁ、あの人は六年生の中でも特に鈴音さん大好きだったからな」


今思い出すと怖いくらいだ、とため息をつく鉢屋くんは、鈴音さんが好きだったそぶりなどまったく見せない
気持ちに決別がついているのか、それとも本当に鈴音さんが暗示をかけていたのか
・・・暗示をかけた人が死してなお、猛威を振るう暗示など、聞いたことはないのだけれど
考えても出ない答えに一つため息をつく


「そういえば、一縷って雷蔵の事は不破くん、って呼んでたよな?」
「そうだけど・・・」
「だよな・・・」


おかしいなーと首を捻る鉢屋くんに、私は鉢屋くんが悩んでる理由が分からずに、何かあった?とたずねた
私が一縷を見つけたとき、一瞬目が合って、直ぐに意識を失ったんだがと言ってから、んー、と一つ唸って、口を開いた


「私のことを見て、"らいぞう"って呟いた気がしたんだ。それと一緒に、何でかは知らないが謝られたな」
「あや、まる・・・?」


不破くんとはこの間初めて顔をあわせたはず
それなのに、謝るなんて・・・まして、名前で呼ぶなんて間柄でもないはずなのに・・・
ぱきん、と何かが弾けた



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