もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
黄泉の淵



side:三郎


血の臭いを感じた
それも、少し時間がたったような、そんな臭いだ
風が吹いてくる方向はくの一長屋
学園の忍たまたちの大半に目の敵にされている、一縷の部屋のある場所だ


「嫌な予感がするな・・・」


ぽつり、と呟く声は風に流れて消えた
思い立ったが吉日とばかりに、私はくの一に化けて長屋を歩く
血の臭いを辿り、一層強くなる部屋を覗けば、案の定そこには横たわる一縷の姿
死んでないだろうな、と思いながら部屋に入り、首元に手を当てれば、とくん、とくんとゆるく伝わる振動
死の淵には居るものの、未だ生きる彼女に安心すると共に、いつからこの状態なのか知らないが、強い生命力にはさすが女版七松先輩と言われるだけあると感心する
ただそう思ってるうちに一縷は死ぬかもしれない、と新野先生を呼ぶべく私は一度部屋を後にした
・・・いや、正確にはしようとした


「・・・ら・・・ぞう・・・?」
「一縷?」
「ご、め・・・なさ・・・」
「あ、おい!」


不意に聞こえた"雷蔵"という言葉
この学園に雷蔵は一人しか居ないし、私を見て雷蔵と言うのだからその言葉がさす人はひとりしかいない
だが、一縷は雷蔵の事を雷蔵と呼んで居なかったはず
思い返してみても、一縷は雷蔵を不破くん、と呼んでいた
だが、雷蔵違いとは言い難い
私はため息をつくと、今度こそ新野先生を呼ぶために部屋を出た



―――――
side:雷蔵



不意に名前を呼ばれたような気がした
手を止めて周りを見ても、皆自分の仕事をするばかりで、僕に話しかけたような人は見当たらない


「・・・うーん?」
「どうしたんスか?不破先輩」
「あ、きり丸・・・なんでもないよ、ありがとう」


すぐ傍で仕事をしていたきり丸が不思議そうに問いかけてきた
僕は苦笑しながら言葉を返して、気のせいかな、と思いなおす
まだ途中の仕事を終わらせないと、と止めていた手を動かし始めた


きしり、とどこかで何かが軋んだ



黄泉の淵






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