もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
抗えない忘却



side:雷蔵


ぴたりと足が止まる


「どうしたの?雷蔵」
「あ、ううん、なんでもないよ、おかあさん」


遠くで泣き声が聞こえた気がした
泣き声が聞こえるはずがない
だって近くで泣いている子なんて見当たらないから


「雷蔵ー!遊ぼう!」
「ほら、呼んでるわよ」
「うん、ちょっとまってて、鈴音ちゃん―――」


ぷつんと切り取られた糸
端は固く結ばれて、約束も記憶も思い出もどこにも無くなった

―――――
彼は笑った
(ほらね、アレはこんなにも世界をおもしろくしてくれる、思ったとおりだよ)
(それで仕事増やして、なにがしたいんですかアンタ)
(・・・相変わらず毒舌だなァ、いいだろ?おもしろくなるんだから)
(いつもそれで迷惑をこうむってるのはこちらなんですけどね)

―――――

くるり、と前の彼女が振り返って笑う


「ねえ、雷蔵、この間の私に話してくれたお話、もっかいして?」
「このあいだの・・・外のくにのおとぎばなし?」
「!ふふっ、うん、私、そういうお話、大好きなの!」


何かを忘れた気がした
でも、僕にはそれが何なのか分からなくて
思い出したらダメだと、誰かに言われているような気もして
迷って、迷って、そのうち忘れてしまった



―――――
side:鈴音



雷蔵は帰ってきてからほのかという子のことばかり話して
私は?ねえ、私はどうでも良くなっちゃったの?
雷蔵を知るために、私凄くがんばったのに
ねえ、何で見向きもしてくれないの?


「ずるい・・・っ!」


私、がんばってるのに
名前しか知らない子が羨ましい
私のほうが雷蔵の事、沢山知ってるし好きなのに!


「神様!」


居るはずでしょう?私の願いをかなえてよ
雷蔵の中に、私以外の女の子はイラナイ
ほのかって子との思い出も記憶も、全部全部消えちゃえ!

そうして呼ぶ、その名前を


「雷蔵ー!遊ぼう!」



抗えない忘却






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