もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
獣が獣じゃなくなるとき



side:雷蔵


先ほど分かれた場所からそう離れていないその場所で
文字通り、彼女は狩りをしていた
隣の三郎が息をのむ
僕が密かに一縷さんを見えなくするように前に立てば、田村はそっと彼女から目をそらした
獣が喉笛に噛みつくように、彼女は人を殺す
少し間違えたら、僕らにもおそってくるかもしれない
防衛本能とも、狩猟本能とも言えない、人の形をした獣の行為
確かに、僕らはそれに恐怖した
それでもきっと、僕はそれを見るのが2度目だから、それすらも凄いと思えるのかもしれない


「一縷さん」


敵だと思って殺されるかもしれない
そんな状況なのに、僕は迷うことなく彼女を呼んだ
三郎が小さく、とがめるように僕の名前を呼んだ
名前を呼んだことで、こちらに気づいた敵の忍がこちらに向かおうとしてくる
それに、三郎は雷蔵の馬鹿!と矢羽音で伝えてきながらも、応戦体制を取る
ちょっと酷なことしたかなぁと思いつつ、三郎なら大丈夫だという、説明することのできない安心感を覚えていた


「田村は無理しないで良いからな、私たちに任せろ」
「なっ!わ、私だって戦えます!」


少し焦った表情で、けれど安心させるように田村に笑った三郎に、田村は声を上げた
その目は恐怖を含んでいたものの、確かに強い意志が感じられた

迫ってきた刀をクナイで受け流す
そのまま足を払ってバランスを崩させようとすれば、跳躍して後ろに下がられる
けれど着地点に三郎が手裏剣を投げれば、それを避けようとして体をひねる
距離を詰めた僕が着地した足を払って喉笛をかき切った
ぴちゃりと飛ぶ血が生暖かい
袖で顔に着いたごしごしと拭いて、ちらりと振り向いた先にいた田村の顔は蒼白だった

三郎と、矢羽音で田村には人を殺させないようにしようと決めて、向かい来る敵に備える
一人なら無理な相手でも、僕らなら平気からと

けれど、向かってきた敵は、唐突に崩れ落ちた
そして向かい来るのは黒い女の影


「っ一縷さん!」
「・・・」


名前を呼んでも返答はない
ちらりと脳裏をよぎる、昔の話
"人を殺すことに魅入られた生徒は殺される"という噂
殺すことを生業とすれど、それに魅入られたらただの殺戮者だ、と
一縷さんもそうなってしまうのだろうか
そう思った瞬間に背筋がふるりと寒くなった
彼女は殺戮者なんかじゃない


「一縷さん!・・・ほのか!」
「・・・・・・・・・ふ・・・わくん・・・?」


ぱちり、と一つ瞬きして、確かめるように呼ばれた名前
既に理性を取り戻した彼女から、殺気は感じられなかった



獣が獣じゃなくなるとき






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