もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

葡萄「宵と狂気」



side:篤葉



戻った先で、私たちを待っていたのは朝花の行方不明という知らせ
小平太の暴走を止めたりするために冷静を心がける長次が焦っていた理由を、私は知った
こんなときに限って、小松田さんは実家に呼ばれていたために不在
彼が居れば朝花ちゃんは学園の外に出なかったかもしれないのに、と思わざるをえない


「・・・不破」
「あ・・・中在家先輩」
「朝花に食事を届けたとき、どんな様子だった・・・?」


ぼそぼそと不破くんに聞く長次
けれどその問いに対して不破くんは困った顔をした
長次の問いに答えたのは、不破くんにべったりと引っ付いていた鉢屋くん


「あの人の食事は、夏穂に渡した」
「え、夏穂ちゃん?」
「夏穂って、5年のくのたまの子か?」


長次の隣で聞いていた私と小平太は、その名前に首をかしげた
夏穂ちゃんは、とってもいい子で、勉強家で成績優秀な子
図書委員長という立場で、色々な知識の深い長次には、よく質問とかしているのを見かけたこともあるくらい
人当たりも良くて、後輩からの評判だって良いくのたまのお姉さんの立場
私が病弱で、あまり後輩の子たちに構っていられなかったから、きっと私よりも夏穂ちゃんのほうが懐かれている気がするくらい
そこまでであれば、不破くんの変わりに朝花ちゃんに食事を届けるっていうのは不思議でもなんでもないんだけど・・・


「“・・・夏穂ちゃんって、学園関係者じゃなければすっごい冷たい態度だったと思ったけど”」
「“私一度アイツと組んだけど、敵に対してすっごい容赦なかった記憶あるぞ?”」
「“きっと朝花ちゃんの事だって認めてないと思うのに・・・どういうことなの?”」
「“よく分からないなー、私も全然人柄とか知らないし”


矢羽音で小平太と会話しながら首を傾げる
夏穂ちゃんじゃなければまだ分かるというのに・・・
とりあえず夏穂ちゃんに聞きに行こう、と長次に言って、私たちは夏穂ちゃんが居るだろう図書室に足を向けた




静かに戸をあければ、図書室独特の紙のにおいが私たちを出迎えた
室内に置かれた机に向かっている桃色の制服姿を見つけて、私は他の人の邪魔にならないように小さな声で彼女を呼んだ


「夏穂ちゃん」
「朝日奈先輩・・・?どうしました?」
「うん、ちょっと・・・ここは私語厳禁だから、ちょっと外出ても良い?」


こくりと頷いた夏穂ちゃんに、ありがとう、と言って、私は図書室を出た
続いた夏穂ちゃんを誘導して、廊下の角を曲がる
その先に待っていたのは、長次と小平太
夏穂ちゃんは少しだけ驚いたように二人を見た


「六年生が三人もそろって・・・私に何か用事ですか?」
「うん・・・朝花ちゃん・・・この間から学園で保護していた子に食事を持っていったのが夏穂ちゃんって聞いたんだけど」
「最後に朝花に会ったのが、お前だったと」
「別に、特にこれといって変わった様子はありませんでしたよ?つくづく一般人だとは思いましたけど」


そんなことか、という感じで言った夏穂ちゃんに、私はなんだか恐怖を感じた
それよりも、と言った夏穂ちゃんは、それはそれはキレイに笑った
女の勘とでもいうのかな、なんだかその笑顔が凄く怖くて、私は小平太の袖を少しだけ握った


「ね、中在家先輩。また私に、色々教えてくださいな」


何事も無かったかのように、そういった夏穂ちゃん
それにぴくり、と反応したのは小平太だった


「お前、朝花に何かしただろ」
「どうしたんですか、七松先輩、そんな根拠もないこと・・・」
「お前の雰囲気、なんかどろっとし雰囲気が混じってる」


直感で物事を判断する小平太だからこその言葉
その言葉に、夏穂ちゃんは、やっぱりキレイに笑った
・・・それが、反対に怖く感じて、私は握っていた手の力をさらにつよくした



葡萄「宵と狂気」





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