もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

八つ時







私が黄瀬に戻ってから、表面上は雷蔵も落ち着き、それまで悲しそうな表情しか浮かべなかったその顔に、笑顔が出るようになった
しかし、雷蔵はお世辞にも、良い統治者とは言えなかった
きっと腐った家臣たちの影響を大きく受けてしまったのだろう

それでも私が、その家臣たちをどうこうすることはできないのだ
いくら私が雷蔵と血縁関係にあるといっても、双子ゆえに既に家系図から消された身
家臣としては新入りであり、雷蔵のお気に入りだと言ってもその影響力は知れたものだ


「南の村から、年貢を下げてはもらえないかと嘆願がありました」
「南の村・・・紅川の?」
「はい、その外れにある村が、このままでは冬を越せないと」


雷蔵はこてり、と首をかしげて、治める家臣の名を確認するように呟いた
私は肯定すると、どうしますか、と聞けば、どうしよう?と返された
・・・私は質問を質問で返してもらいたかったわけじゃないのだが、きっとそれは雷蔵の癖なのだろう


「えっと・・・一度紅川に話をまわして?領主が対策を取れるのならそのほうがきっといいから・・・」
「分かりました、じゃ、後で紅川に話をつけておきます」
「うん、ありがとう、三郎」


私が嘆願書を見た限り、紅川に嘆願を出しても聞き入れてもらえなかったからこちらに送ってきたと書いてあった
ならばきっと、私がきちんと説明をすれば、雷蔵はそれなりの対処をしたのかもしれない
・・・それでも、雷蔵がそうしろというのであれば、私はそれに従おう
大丈夫、雷蔵は悪くない
悪いのは雷蔵の優しい性格を利用する家臣と、間違いを正してやらない私さ


「さて、雷蔵、そろそろ八つ時だ、休憩にしよう」
「本当?今日のおやつはなににしたの?」
「みたらし団子とごま団子を用意したから、今からお茶と持ってくる、少し待っててくれ」
「うんっ」


にこりと笑って嬉しそうに頷いた雷蔵に、私はやわらかく笑う
大丈夫、私がこの笑顔を守る
ずっと、私は最後まで雷蔵を裏切らないから

茶を入れれば、湯のみの中で茶柱が一本立った
・・・この幸運が、雷蔵にすべて訪れればいい
私はふっと笑って、団子とお茶を持つと、楽しみに待っているであろう雷蔵の元へ向かった


「わ、茶柱立ってる!」
「あぁ、雷蔵にも見せたくてな、あえてそのまま来たんだ」
「ふふ、あんまり私見たことないんだ、だから嬉しい」


茶柱を見て喜ぶ雷蔵の姿
きっと自分で茶など入れないのだろう
年齢が低かったのもあるかもしれないが、私が黄瀬にいたときも私自身が茶を入れることなどなかったからな


「三郎特製みたらし団子とごま団子だ、雷蔵、好きだろう?」
「うん、城下町にあるお団子屋さんのも好きだけど、三郎が作ってくれたのが一番すき」
「うれしいことを言ってくれるな、私も作りがいがある」


だって私のためだけに作ってくれてるって知ってるから、としれっと言う雷蔵に、ばれてたか、と笑う私
この穏やかな時間はいつまで続くのだろうか

黄瀬家自体が治める土地は、城下町とその周辺しかない
それ以外は、ほぼ家臣たちに領地を分けて任せている
だが、あまり言い噂は聞かないのだ
年貢がきつい、娘を連れて行かれた、様々だ
それを統べる黄瀬は、今やお飾りの存在
だが民衆からすれば、お飾りであろうとなかろうと、諸悪の根源は黄瀬だと思うだろう
何かきっかけがあれば、いつだって民衆は雷蔵に牙を向く
私はそのとき、雷蔵に何をしてやれるのだろうな

午後の光が差し込む室内で、おいしそうに団子を頬張る雷蔵を見ながら、私はそんな事を考えた









ブリオッシュの代わりに団子にしてみたけど、なにか団子じゃなくて、こっちは?と思うものありましたら言って下さいませー

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