もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

掛け違えたもの







ぱしん、と竹刀の音が鳴る
じんじんと痛む手
けれど、私は諦めない

この家の子どものためにと呼んだ剣術の師に、一緒に教えてもらうようになって
奥方の本好きが幸いして、多くあった書物で勉強して
自分は黄瀬だけれど、黄瀬の名を名乗ることは出来ない
所詮力を持たない"養子"に出来るお願いなんてたかが知れている
それも、双子の片割れだ、気味悪くて仕方ないだろう
文句も言わず置いてくれるこの家の人は、本当に心が広い
それが例え、黄瀬の父上のおかげだとしても、だ


「らいぞう・・・」


栞にした、あの日雷蔵から貰った瑠璃唐草の花
様々な本を読んだ中で見た、この花の花言葉は「可憐」
雷蔵にピッタリだと思った
きっと雷蔵は、黄瀬の家で父上と母上に守られ、家臣に守られ育てられている
外の情報を与えられずに、本当に、箱入りとして

私があの家に黄瀬三郎として戻ることは出来ない
でも、私は雷蔵と共に生きたい
ならば、どうするか
黄瀬三郎ではなく、ただの三郎として、私が家臣になればいい
家の力がない事は痛手だが、その代わりに誰にも負けない知識と力を手に入れよう
そのためだったら、今の生活だって耐えられる


「大丈夫だ、私は・・・」


絶対に、雷蔵のもとに帰る




―――――





母上が亡くなった
優しい母上
三郎が居なくなったときに、ずっとごめんなさいとわたしに謝り続けた母上


「はは、うえ・・・・っ」


涙が止まらない
父上がわたしを抱きしめる
とくん、とくんとなる心臓の音に、わたしは父上が生きていることに安心した
大丈夫、母上はもう居ないけれど、三郎も、わたしの隣に居ないけれど
父上が居る、父上がわたしを守ってくれる
だから、大丈夫

・・・でも・・・

三郎、寂しいよ
どうして隣に居てくれないの?
三郎・・・

ぽろりと、隣に居ない、記憶の小さなままの三郎を思い出して、わたしは涙をこぼした




母上が居なくなってから、父上はわたしに色々なことを教えてくれるようになった
でも、父上は民は変えのきかない大切なものだと仰られたけれど、家臣のわたしにずっと勉強を教えてくれた人は、民などいくらでも替えがきくのだと仰られた
父上について、城下町にも行ったけれど、みんなわたしと父上にひれ伏して、似たような服を着ていた
みんな似たような人
民とはそんなものなんだと、わたしは思った
父上は、雷蔵には早かったのかなと苦笑いされていたけれど
わたしはそんなことないと思った
だって家臣は皆わたしにいろいろなことを教えてくれたから
いろんなものに耳を傾けなさいと父上は仰られた


その言葉を、死ぬ間際もわたしに残して










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