もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

悲しい双子の物語 後








ある日、僕が三郎と共に、用事で碧の国を訪れたとき
僕らはある貴族のパーティーに招待された
それは、僕が一目惚れをした彼のいる家で
彼をひと目見れると、そう思っただけで少しだけ僕は嬉しくなった


「なあ、雷蔵。あれ、誰だ?」


パーティーの最中で、三郎が示したのは、癖毛を持った、美しい髪の男性
蒼の服を纏い、気品溢れる男性だった


「彼は蒼の国の王子様だよ」
「そうなのか・・・」


じっと蒼の王子を見つめる三郎
男性同士の恋だなんて、普通はないけれど、僕も同じ様なものだから、とやかくだなんて言えない
けど、僕は気がついてしまったんだ
蒼の王子が見つめる先に、僕が好きになった彼がいることを
僕はなんだか嫌な予感がした






国に戻ってから、三郎は蒼の王子のことをよく話すようになった
それはまさに、恋する乙女で
この恋が成就しなかったとき、どうなってしまうのか
恐ろしいその答えに、僕は気づかない振りをした


けれど、その答えは僕の想像だけでは終わらなくて


「三郎・・・兵助は、目が大きくて、髪の毛が碧がかってる人が好きなんだって・・・!」


ぐすぐすと泣く三郎を抱きしめて、僕は三郎を慰めた
どうか、と神様に祈っても、それを神様が聞き入れることなんてなかった


「雷蔵、私、諦めたくないんだ・・・。その、目が大きくて、髪の毛が碧がかってる人をみんな殺せば、兵助は私を見てくれるかなぁ・・・」
「・・・・・・三郎がそう望むなら・・・・・・」


ごめん、さようなら
僕の胸の中にはその言葉しかない
僕は国に告げる
これは、国を挙げての戦争だと





「・・・雷蔵・・・」
「ごめん・・・ごめんね、勘右衛門・・・」

頬を伝う涙
震える手に叱咤して、けれどそれでも止まらない
勘右衛門は、僕が好きになったその笑顔で、笑った

血の臭いが鼻につく
ああ、もう、僕の愛した人は、いない
残るのは・・・最愛の、片割れだけ


「雷蔵、お腹すいた」
「うん?うーん・・・そうだね、ブリオッシュがそろそろ焼けるんだ、だからもう少し待っていてくれる?」
「分かった、それじゃあ、いつもの庭に居るな」


いつものように笑ってそういう三郎に、僕もいつものように返す
平和な城、美しい庭
けれど一歩城の外に出れば、碧の国との戦争で、国は疲弊していた
窓の外を見つめて、僕は呟く
・・・きっと、この国はもう長くない

チン、と時間を知らせる音に、オーブンを開ければ、室内にいいにおいが充満する
三郎が待ってるから、早く行かなくちゃ
焼きたてのブリオッシュを用意して、僕はキッチンを後にした






獣を従える騎士が、立ち上がったという
疲弊した民衆達は、望みをかけて彼に続くだろう
碧の国と戦争をしていた兵士達は、既に限界


「たかが民衆に、兵士達が負けるわけがないのに・・・っ」
「・・・三郎」


紅い集団は、既にすぐそこまで迫っていた
きっとこのままでは、三郎は酷い死に方をする
僕は、沢山の罪を犯してきた
自覚をした、罪
けれど三郎は、それをすべて教えられない、純粋で、臆病な・・・


「三郎」
「雷蔵・・・?」
「ねえ、三郎。もうこの国は終わる。きっと三郎は民に殺される」


僕が断言すれば、三郎の顔に恐怖が走る
僕は、三郎に柔らかく笑った


「ね、三郎、僕の服を貸してあげる」
「え・・・?」
「すぐに着替えて逃げるんだ」


三郎は、目を大きく見開いて、そしてその目に涙を浮かべた
僕は笑みを変えずに、その涙をぬぐう


「大丈夫、僕らは双子だよ?」
「らい、ぞ・・・っだめだ、そしたら・・・雷蔵が・・・!」
「ねえ、三郎、僕はいろんな世界を見てきたよ。でも三郎は王様だったから、あんまり見れなかったでしょ?だから、僕は三郎にいろんな世界を見て欲しい。だから、ここで死んだら、ダメだよ」


めっ、と幼い子を叱るように、そういえば、三郎はボロボロと涙をこぼして
あぁ、せっかく拭ったのに、と僕は苦笑する


「さ、早く」


催促して、僕は"三郎"になる
三郎も、"僕"になる


「らい・・・」「雷蔵じゃない。私は、三郎だ」


僕の名前を呼ぼうとした三郎の言葉を、言い切る前に自分の声で否定して
さぁ、僕はこれから私になろう
すべての罪は僕にあるから、罪を裁かれるのは、僕だ
・・・幸せにね、三郎




紅を纏う獣の騎士と、蒼を纏う細身の顔を隠した王子がやってきたのは、すぐ後
彼らは僕を取り押さえた


「離せっ!」
「アンタはそれだけの事をしたんだ、観念しておとなしくしろよ」


僕は、三郎になれたかな
処刑は、午後三時
執行場所は、城下の広場
ボロボロの服を着せられて、罪人の僕にはお似合いだよ
ふふ、こんなの、三郎には着せられないや


「お前罪人らしくないな、ホント」
「私は何も悪くない、愚民は愚民らしく、私に跪いて居ればよかったんだ」


悪気もなさそうにふん、と笑ってそう言い放つ
殺気立つ民の中に、マントを深く被った影
・・・逃げろって言ったのに、仕方ないなぁ・・・
表情に出さないように、僕は心の中で苦笑した

あぁ、そろそろ三時の鐘がなる
三時になったら、いつも三郎が僕のところに来て、今日のおやつはなんだって聞きに来たなぁ
その度に、仕事はちゃんと終わらせたのって叱ってたね
三郎は優秀だったから、サボってなんてこなかったけれど
ねえ、幸せだった日々が今日も続いていたのなら、今日のおやつはなんだっただろうね
・・・そうだ、三郎の好きなブリオッシュを焼いていたかもしれないね

ね、三郎、もし、生まれ変わったら―――――



――――― ………… カーン カーン カーン カーン ………… ――――






昔昔、あるところに黄を掲げる王国があった
その王国には三郎という名前の王様が居り、彼のそばには、いつも顔の良く似た召使が居た
その王国は、悪逆非道だと叫ばれ、王は民衆をまったく省みず、疲弊し、ついには革命が起き、王である三郎は、民衆の手によって鉄槌が下ったという