もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

男前富松





がさっ!と音がした
俺と左門が身構えると、出てきたのは一夜と一緒に居たはずの三之助が藪の中から顔を出した


「三之助っ?」
「あ、作兵衛」


俺と左門は身構えていたのを崩して、三之助に駆け寄った
俺は周りを見るも、そこに一夜の姿はない


「三之助、お前、一夜はどうした?」
「一夜、迷子になったみたいで、今探してんだ」
「一夜置いてきた!?一夜って学級委員だけど保健委員会には負けるけど不運体質だろ」


左門が驚いたように三之助に言ったが、三之助は状況が分かっていないようで首をかしげてだからどうしたっていうんだ?と言った表情だ
そうこうしているうちに、元々終了に近かった演習は太陽が真上にきたことにより終了になった
俺は左門と三之助の二人を引っ張り、学園に返す


「いいか!?絶対に動くなよ!動くんだったら誰かに目的の場所言って連れて行ってもらえ!ぜっったいに一人で動いたり、二人でうごいたりするんじゃねえぞ!」
「作は心配のしすぎだ、そもそも俺迷ったことないし」
「まかせとけー!」


正直・・・ものすごく不安である
しかし、一夜が三之助の手綱を持っていなかったことが気にかかる
あいつは確かに保健委員会でもないのにやけに不運だから・・・どっかで落ちた、とかか・・・?
そこまで考えて、水を含んだ風のにおいに、俺は気がついた



「・・・雨が来そうだな、急ごう」



先ほど演習の行われた裏山に急ぎ走りながら、俺はそう呟いた





――――――




どれくらい時間がたったのだろう
空を見上げながら、僕はいまだにぼうっとしたまま寝転がっていた


「・・・あ」


ぽつり、と頬に落ちた水滴に、声を上げた
雨が降ってきたのだ
思っていたよりも早い雨の訪れに、僕は少し焦った
この周辺には木陰がないのだ
ましてや、洞窟などもない
要するに、雨のしのげる場所がないのだ
既に捻った足が腫れて熱を持っているから、歩くことはできない
・・・むしろこれは、捻ったのではなく骨自体折れているかもしれないなぁ、とも思った
だって、捻ったにしては痛いから


「・・・探しに・・・きてくれないかな・・・」


いつもは僕が探す立場だけれど
そんなことを思いながら、だんだんと強くなる雨に打たれながら、僕は目に水滴が入らないように片腕を顔に乗せた




―――――




「一夜ー!!どこだ、一夜ー!」


いつものように叫ぶ
けれどその名前はなかなか呼ばれないもので、俺自身違和感を持った
そこに、ぽつり、と頬に水が当たった


「雨・・・まずいな・・・」


これだけ探しているのに出てこないということは、どこかで動けない可能性のほうが高い
ということは、一夜は雨に打たれているってことだ
その分体調は崩しやすくなるし、怪我をしているならば、木陰に移動しようとすれば怪我が悪化しかねない
一刻も早く一夜を見つけないといけなかった


「っくそ、一夜ー!!居たら返事しろぉぉぉ!!」




―――――



かすかな音を拾った


「・・・さく・・・?」


その声の主であろう人の名を呼ぶも、かすかな声では確実には分からなくて
けれど、僕は叫びやすいようにと仰向けに寝ていたのを、ゴロリとうつ伏せに変えた
そのときに、ズキリと足に痛みが走った


「い・・・っ!」


・・・やっぱり折れてないかな、これ・・・
そんな自分の足にため息をついて、僕は息を吸い込んだ


「っさーくー!!!」


そう叫ぶと、しばらくして、上のほうでがさがさと音がした
僕は痛みを我慢してもう一度仰向けになると、上体を起こした


「一夜!」
「作っ」


心配かけさせるなよ!といって降りてきた作に、僕はごめん、と返す


「怪我は・・・あるよな」
「あはは・・・捻ったか折ったか分からないけど、足が・・・」


作は崖を見上げて、難しいな、と呟いた
僕もそれには同意する
意外と僕の落ちた崖は高くて、元気だったら縄さえあれば登れるけれど、今の状態は正直つらいはずだから


「・・・まあ、仕方ねえけど遠回りするか」


そう言った作は、しゃがむと、僕の脇と膝裏に手を入れる


「わぁっ!?」
「よっと」


僕はその状態にかぁっと顔を赤くした
だって、これって要するにお姫様抱っこってことで
作が力持ちなのは前から知ってたけど、僕だってそんな・・・軽いわけじゃ・・・


「一夜が軽くて助かった」


・・・ないよね・・・?
僕は赤い顔が見られないように、作の首にしっかりと捕まって、顔を肩に乗せて運ばれることとなったのだった





男前富松




【title from】こうふく、幸福、降伏





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