もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

わたしが私になる前







「・・・で、お前達は付き合い始めた、と」
「そういうことになる」
「っだー!羨ましいな!」


特に異常なしの太鼓判を押され、医務室から自分の部屋に帰ってきた私を待ち構えていたのは、私と兵助以外の五年生
付き合い始めた、と言えば、目を据わらせていきさつを説明しろ、と言った三郎に、さらりと説明すれば、その鬘をがしがしと掻きながらそう叫んだ
雷蔵や勘は、おめでとーとにこにこと笑っている


「遥人にべったりだな、兵助」
「遥人に触るなハチ」
「独占欲半端ねーな・・・」


後ろからもたれかかっていたハチを、兵助が間髪居れずに引き剥がし、私の横に陣取る
そんな様子に、勘がにこにこと笑いながら、ホント良かったねー、兵助と言った
兵助は嬉しそうに頷いている


「あ、遥人、そういえば、色々と説明してくれるんだよな?」
「あぁ、兵助には約束していたな」


つまらない昔話だが、いいのか?と問いかければ、遥人の事なら何でも知りたいに決まってるだろ!と兵助が答えた
私はそうか、と言って、昔を思い出すように目を閉じた
そうして話し出す、私が私としてこの世に生を受ける前を


「私は平安の世に、安倍に女として生を受けた。安倍晴明の息子夫婦の長姫だったんだ。その頃から高い見鬼を持っていた。男であれば、稀代の陰陽師を継げるとも言われていたときもある・・・まあ、それも、弟が生まれてからは、無くなったけれどな」



―――――



「じぃ様、どうしてわたしは陰陽師にはなれないの?」
「陰陽師となれるのは、おのこだけと決まっておるのじゃ。きっとお前がおのこであれば、力のある陰陽師となれたであろうに・・・」
「・・・むぅ、じゃあわたし、おのこになるっ」
「ふぉっふぉっふぉ、それは無理じゃよ、生まれ持った性は帰る事は出来ぬて」


じぃさまにそういえば、困ったように笑って、無理だと言ったじぃさま
優しく頭を撫でてくれたけれど、私はじぃさまの役に立てないことが悔しかった
自分の部屋に戻って、ごろりと褥の中に寝転がった
するとすぐに感じた神気


「どうした」
「慧斗!わたし、おのこになれないから陰陽師になれないんだって・・・じぃ様が」
「・・・それは、仕方の無いことだ。・・・そういえば、昌浩が会いたそうにしていたぞ?」
「昌浩が?じゃあ、昌浩のところいく!」


慧斗に抱きついて、抱っこされながら昌浩に会いに行けば、ねーね!と言って手を伸ばしてきた昌浩と、それを優しい目で見つめる騰蛇
慧斗から降りて、わたしは昌浩が延ばした手を掴んだ


「ねーね!」
「なぁに?昌浩」
「あそぼっ」


そういってきゃっきゃと笑う弟に、わたしは笑顔で頷く
庭に下りて、きゃいきゃいと走り回れば、雑鬼が遊びに来て、それらも混ぜてさらに騒がしくなる
そのとき、何かに気がついたのか昌浩が池に近づいた
と、強い風が吹く
ぐらり、と傾く昌浩の体


「昌浩!!」


悲鳴を上げるように弟の名前を叫んで
間一髪のところで、昌浩は騰蛇に助けられた
わたしの声に気がついたのか、じぃ様が来て、慧斗と何かを話していたわたしにその声は届かなかったけれど


「昌浩、少しこちらに来なさい」
「?なぁに、じぃじー」


とことこと歩いていく昌浩に、じぃ様は何かをした
すると昌浩がぱちぱちと目を瞬かせて、きょろきょろとあたりを見回した
そうして一言言った言葉に、わたしはえ、と声をこぼす


「じぃじ、ちいさいのはー?どこー?きえちゃった・・・」


ちいさいの、は雑鬼の事
昌浩が見えない、のだ
それに、雑鬼達は落胆の色を見せる
昌浩を抱き上げた騰蛇が、昌浩を連れたままどこかへ行った
残ったのは、庭に出たままのわたしとじぃ様、そしてわたしについている慧斗だけ


「じぃ様、なんで・・・?」
「昌浩のためじゃ」


そういったじぃ様の顔は、なんだか険しい表情をしていた





わたしが私になる前








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