もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

君に触れたがる手







薄く、光りが見えた
けれど、どこか暗いように思える
・・・あぁ、私が目を閉じているのか
そう気がついて、光りに慣らすようにゆっくりと瞼を開いた
見えたのは木目の天井
そして嗅ぎなれた薬草の匂い


「・・・医務、室か・・・?」
「遥人、起きたの?」


呟けば聞こえた聞きなれた声
声の方を向けば伊作先輩の姿が見えた
新野先生も共にいらっしゃり、二人とも安堵の表情を浮かべている
・・・そんなに心配をかけたのだろうか・・・?
そう思って首を傾げたところに、戸の開く音
そちらに目をやると、瑠璃色の制服が見えた


「遥人・・・?」
「兵助、か」


私の名を呼んだ声音に、その声の主を特定する
近づいてきた気配は、私の横に座った
兵助は私に手を伸ばし、私はそれを掴んだ


「よかった・・・!」
「すまない、心配をかけて・・・」


涙が握った手の甲に落ちる
兵助の顔を見れば、涙をためる目と、流れた涙の後
本当に、心配をかけたようで、心が痛くなる


「・・・私は、兵助に心配をかけてばかりだな」
「なら・・・心配かけさせないでくれよ・・・っ」
「・・・すまない」
「三日も寝たままで・・・っ目が覚めないのかと思ったんだから、な・・・っ」


三日
それは確かに長い、と私も思う
閻魔王に身体を明け渡したのは、流石に負担が大きかったらしい
・・・むしろ、そのまま飲み込まれ、耐えられない可能性も高かった
それを考えれば、今こうしてここにいることは、幸運か

「僕らを、忘れないでほしいかなぁ・・・」
「っ!?」


反対側から聞こえた伊作先輩の声
その声に、兵助が顔を赤くして慌てた
私はふふ、と声をこぼした
それに驚いた表情をしたのは正面に居た兵助で


「ふふ・・・あははっ、兵助、おもしろい顔をしているよ、今」
「遥人が声上げて、笑った・・・」
「そんなに珍しいものか?・・・私も声を上げて笑うさ」


ふふ、と笑いながら、私は身体を起こす
伊作先輩がちょっ、と声を上げたが、私はかまわずに起き上がった
そんな私に、伊作先輩ははぁ、とため息をついたのが聞こえた


「まったく・・・遥人も保健委員だから自分のことくらい分かるね?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました、伊作先輩、新野先生」
「では、私たちは一度出ましょうか、善法寺君」
「はい、新野先生」


苦笑をこぼした新野先生は、伊作先輩をつれて医務室を出て行った
残されたのは、私と、兵助だけ


「兵助」


私は一つ名前を呼んで、顔を上げた兵助の、掴んだままだった手を引いた
うわっと声を上げて倒れてくる兵助を、受け止める
離れようとする兵助を止めるように、私は兵助の背に手を回した


「ありがとう、兵助。私が今ここにいられるのは、兵助のおかげだ」
「遥人・・・?」
「でも、私は守られるのは性に合わないんだ」
「っそれでも、俺は遥人を守りたくて・・・!」


私を見上げて、そういった兵助の顔はどこか必死で
私は知ってるさ、と言って笑う


兵助が私を守るなら、私はそんな兵助を守るから
そばに居てくれないだろうか?



兵助の耳元でそう言えば、驚く気配
私は悪戯が成功したように、笑った



わたしに触れたがる手







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