もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

その身に宿すは冥府の主




side:兵助



がらりと遥人の気配が変わった
表情の変わることの少ない遥人は、その表情に反して雰囲気は冷たいものではない
だからこそ、変化が良く分かる


「先輩・・・?」


綾部が恐る恐る声をかけても、振り向かない遥人
違う、これは遥人じゃない
なんだ、これ
遥人では無い遥人の尋常ではない様子に、一歩後退る


「あれは遥人ではない、遥人の身体に降りてきた冥府の神閻魔王だ」


お前達の知る、遥人ではない、と言って、先ほど遥人に慧斗と言われた彼女はどこかへ消えた
残ったのは、俺と、綾部、そして蓮や藍、由と、遥人の体に居る閻魔王しか居ない


「我を呼んだのは、この体か」


遥人の声が、響く
けれど、いつもの遥人とは比べ物にならないほどに冷たく、尚且つ威圧感のある声
気圧されそうになるほどのそれは、俺達に向けられたものじゃない


「誰が開いたのかは知らないが・・・迷惑なことだ」


そういうと、彼は門に歩み寄る
見える鬼達は、近寄る彼を見て後退る
それをまったく気にせずに、彼は門に近づけば、ぶちぶちと鬼達が掻き消えていく
それは、消滅したのか、それとも黄泉に戻ったのか、俺にはわからない

ぎぃぃと扉のしまる音がした
ぶれるように見えた、学園の門とはまったく違う、門
はっとしたときに、既にそれは見えず
彼は、こちらを向いた


「この身体、贄では、ないな?」
「あたりまえ、だろ・・・っ!」
「そうか、では、返さねばならぬな」


ふ、と彼が笑んだ
そうして、強い風が吹く
俺は目を開けていられなくて、腕を顔の前に持っていき風をさえぎる
腕を下ろして目を開ければ、そこに残ったのは騰蛇と呼ばれていた赤い人と、倒れた遥人
それ以外は、いつもの学園だった


「っ遥人!!」


急いで駆け寄れば、気を失って顔色の悪いものの、脈も息もしっかりした遥人に、俺はほっと息を漏らす
すぐ横に降り立つ気配に、そちらに視線をやれば、戻ってきたらしい、"慧斗"の姿
彼女は遥人を見て、安心したように薄く笑みを浮かべた


「無事か・・・良かった」
「その・・・遥人は・・・」
「・・・平安の世で名を馳せていた、安倍晴明の孫娘だった。もっとも・・・14のときに、死んだがな」


その言葉に、俺はあ、と言葉を漏らす
本来、前世、なんて覚えているはずがないというのに、遥人は前世の知り合いである彼らの名前を知っていた
俺は遥人がこの慧斗って神様と交流を持っていたのを見たことがないし、そんなこと一言も言っていなかった


「・・・遥人は、前の記憶を持ってるって事か?」
「あぁ、そうじゃなければ、私を慧斗とは呼ばない。この名前は、昌浩以降、誰も教えていないからな。私も含めて、十二天将は皆そうだ」


そういって、彼女は遥人に視線を落とした
その視線は、優しさを含み、彼女にとって遥人は特別なのだと感じた

渦中の遥人は、まだ目覚めない



その身に宿すは冥府の主






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