もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

挫けない







学園に近づけば気づく異変
この間新しくしたばかりの結界が無くなり、どことなく学園が暗く見える
きっと結界が壊れたことで、今まで阻まれていて、学園に入れなかった怨霊や妖怪たちが入り込んでいるのだろう
きっと壊したのは、裏山の山頂を穢した人だ
正面の門に近い場所に、由の気配


「蓮!藍!」
『はいっ』
『了解した』


蓮と藍に先に行くよう言外に伝えれば、短い是の言葉と共にかき消えた姿と、遠ざかった二つの気配
私は2人を追って急ぎ由の元へ向かう


「縛!」
「破!」


手始めとばかりに呪縛の呪を飛ばすも、防がれる
一文字だけの簡単な術とはいえ、すぐに反応し防ぐ技量に、舌打ちする
一筋縄ではいかない可能性が高い
彼は私を見て、目を細めた


「・・・御門の者か。あれは潰えたと聞いていたのだが」
「残念だが、我が御門は潰えてなどおらぬ」
「それも主が最期だろう?」


にやり、という擬音がつく笑みに、私はぞわりと悪寒が走った
なんだ、これは
人の形をしているが、気配は人とは程遠い
むしろ、人の形をした妖魔であるといわれたほうがしっくり来る


「御門が潰えたと噂されたのは7年前、主の見た目からして当時は7、8歳だろう?その年齢でなにを継げるというのだ。主の実力など、高が知れている」


あざ笑うように、そう彼は言った
確かに、母上も父上も当時の私には、まだ早いからとそこまで強力な術を教えてはくれなかった
しかし、私の知識は御門の両親から貰ったものだけではない
私はこの世でも有名な、かの安部晴明の娘
それだけでなど、終わるはずも無い
私はふ、と笑みを作る


「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!」
「前に在りて我が盾となれ、百鬼!」


彼を傷つける呪に立ち塞がるは、黄泉より召喚された鬼
一度死んだ魂が強制的に召喚され、再度その身体を黄泉へ落として行く
私は唇を噛んだ
黄泉に送られた魂は浄化され。この世にまた誕生しなければならない
輪廻転生とはそういうものだ
だが、あれではこの世に再度送られてくることが難しくなる
それを分かっていて彼は、黄泉から呼び出しているのだ


「まがものよ、禍者よ、いざ立ち還れ、もとの住処へ」


どうかこれで元の黄泉へ戻って欲しい
そう願えば、まばらになる百の鬼
己から黄泉へ還ることを望んだ者たちは、ここにはもう居ない


「その行く先は我知らず、阿毘羅吽欠(アビラウンケン)!」


素直に戻らなかったものは、黄泉へ強制送還だ
黄泉の気をまとってこちらにいられるのもまずいのだから、野放しにするわけにもいかない


「オン・ケンバヤ・ケンバヤ・ソワカ」
「この声は我が声にあらじ、この声は神の声。この息は我が息にあらじ、この息は神の息吹なり。息吹よ、我に仇成したるを跳ね返す盾となれ」


術の攻防に、精神的に疲れを覚えてくる
けれど力を左右するのは、精神的な部分が強く反映される
だから、私はここで崩れるわけには行かない

視界の端で、心配そうにこちらを見る、兵助と喜八郎の姿に、私は強くそう思った




挫けない






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