もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

待ち人未だ来ず







新しい学年にも落ち着き、各学年で委員会が決まった
私は相変わらず保健委員だ


「御門遥人、入ります」
「あ、今年も遥人、保健委員なんだね」


名前を言いながら医務室に入ると、ごりごりと言う音とともに部屋に漂う薬の臭い
どうやら何か薬が足りなくなり、伊作先輩が作っている最中らしい
伊作先輩は顔を上げて嬉しそうに笑った


「数馬と左近が今一年生を迎えに行ってるよ」
「今年は2人なんですね」
「そうみたいだよ」


嬉しいねーとにこにこ笑いながら話した伊作先輩だったが、私は一つため息をついた


「伊作先輩、保健委員が増えるということは、不運を受ける回数も増える可能性が・・・」


指摘をすれば、伊作先輩はぴしりと笑顔が固まった
私のように自分から立候補しているわけじゃなければ、不運な生徒がなるのが通例
私自身も良くない場所が見える、違和感を感じるなどのある意味で特殊を持っていなければ、不運で通っていたのかもしれない


「・・・平気かなぁ」


心配そうに、けれどどこか遠い目でそう言った伊作先輩に、私はどうでしょうね、と言いながらも、蓮に見てくるようにと目で指示すると、お茶を入れるべく立ち上がった




しばらく伊作先輩の不運に気を配りながら薬を作っていると、蓮が戻ってきた


『遥人っ、言われてた子達落とし穴に落ちたっ!』


少し慌てて報告してくれた蓮
私はそれを聞いてすぐに飲んでいたお茶を片づけた
伊作先輩が不思議そうに、立った私を見る
目がどうかしたの、と訴えていた


「あの子達のことなので、不運を発動してそうですから」


探してきます、と言うと、伊作先輩がじゃあ僕も、と立ち上がろうとしたので、慌てて止める
私は立ち上がりかけて微妙な体制の伊作先輩を、再度座らせた


「これだけ薬を広げた状態で、医務室に誰もいなくなるのは危険ですよ、だから伊作先輩は待っていて下さい。それに、伊作先輩は最上級生なんですから、こういう雑用は後輩の私に任せておけばいいんです」
「あ、そうだね・・・僕は最上級生だし・・・。うん、分かったよ。じゃあ、遥人、任せて良いかい?」
「はい、任されました」


伊作先輩を納得させた後、私は蓮を連れて医務室を出た
蓮に道案内させれば、そこまで頻繁に人のと居らない場所に、ぽっかりと空いた大きな穴
この間、喜八郎がすこし大きめに作ってみたんです、と話していた物だった
ひょいと覗き込むと、少し深い穴の底に座り込む4人の頭


「大丈夫か」


声をかけると、ぱっと上を向く4人
数馬が少しだけ涙目になっている
私は手を伸ばせ、と数馬に言って、伸ばされた手を掴み、引き上げる
目測で、跳躍で出れる深さだと見てから、数馬の居た場所に降りる


「せせせ先輩っ、なんで中にっ?!」
「跳躍で出れる高さだ、安心していい」


焦った眼鏡の子が聞いてきたので、そう返して出来るだけ優しく見えるよう表情を作った
・・・たぶんいつもより、表情が動いていると思いたいのだが




待ち人未だ来ず







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