もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

4度目の終わり







ふわり、と暖かい風が頬をなでる
今年もまた、春が来た
深緑の制服に身を包む6年生・・・いや、元6年生を見るのも、これで最後
医務室では、夏目先輩に左近と数馬がくっつき、わんわんと泣き声をあげている


「泣くなよ、2人とも・・・」
「ぐすん・・・だっでぇ・・・っ!」
「ぜ、ぜん゛ぱぁい゛、い゛っちゃい゛やでずっ」


夏目先輩の制服に押しつけていた顔を上げて、そう言った二人の顔はぐちゃぐちゃで
そんな二人に、夏目先輩は苦笑した

そんなとき、ずっと鼻水をすする音が横から聞こえた
横を見ると、涙をこらえる伊作先輩の姿


「伊作・・・まったく、お前も次は最高学年だぞ?」
「だ、だって先輩・・・僕、先輩たちみたいにみんなのことまとめたり出来るか不安、で・・・っ」
「伊作ならできるさ、遥人だっているんだぞ?」


苦笑しながらくしゃりと伊作先輩の髪を撫でる夏目先輩
その顔に悲しみはなかった




「遥人は、泣いてくれないのか?」


泣き疲れて眠ってしまった3人に布団を掛けていた私に、夏目先輩はそう言った
私は一瞬動きを止めると、なんでもなかったかのように布団を掛ける作業を再開する


「先輩は、私に泣いてほしいですか?」
「泣いたら、どうして良いか分からないし、別に良いよ」


今までも、遥人は泣いてなかったし、と肩をすくめる夏目先輩は、いつも通りで
私もいつも通りで
そこに卒業という雰囲気はなかった


「・・・先輩が居なくなることが、悲しくないわけではないです」


ぽつり、と言った
先輩はなにも言わない
私はそのまま続ける

「ただ・・・私は、涙の別れはしたくない」


思い出される、昔の記憶
伸ばされた手、掴めずに意識をとばす直前に見開かれ、涙がこぼれた弟の顔
こちらに来て失った家族
悲しみが心を埋め尽くし、それでも絶望と記憶を取り戻したことによる混乱で泣くに泣けなかった幼い記憶
どちらも悲しみの記憶として私の中に根付いているもの


「だから、私は泣きませんし、さよならは言いませんよ」
「・・・そう」
「だから先輩・・・――――いってらっしゃい」


そう私が言えば、夏目先輩は少し嬉しそうに笑った




4度目の終わり






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