もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

不可解な謎






気配を絶って、闇の一番濃い場所を覗き込む
そこに見えたのは細くて白い腕で貪り喰らう女性というよりは少女というべき人
しかも、その顔には見覚えがあった


『遥人、あれって・・・城のお姫様だよね?』
『しかし酷いな・・・妖怪と人間の境目があいまいだぞ』


少し眉をひそめる
憑かれた人は大抵祓えば元に戻るものだ
しかし、稀に居るのが妖怪との相性がいいのか、その境目がはっきりしない人
大体、そういった人は精神的に弱い人が多い
だから女性という観点から見れば、彼女は確かに精神的に弱いのかもしれないが・・・
城の姫君というだけで話はまた別だ
大抵の城の場合、廃れてきているとはいえ、長くすむであろう居城を作る際は大抵地鎮祭を行い、その場所を清め、結界を張るものだ
上に立つものは恨みを買いやすく、死んでなお現世に留まる者は直接的な死の原因にではなく、その上に仕返しをする場合も多くある
だからこそ城主は結界に守られ、姫とてその守りは例外ではないのだ


「とりあえず、剥がしてくれ」
『はーい!』
『承知した』


私は蓮と藍に小さな声で頼むと、二人はふっと消えると、蓮は喰われている者を、藍は喰っている彼女を、同時に引っ張り剥がした
ばたばたと藍の腕の中で暴れる彼女
あのままだとまずいかもしれない


「縛!」


鋭く気を乗せて縛る
けれどソレは一時のしのぎでしかない
故に、私は不動明王の力を借りるべく真言を言い放った


「ナウマク サマンダ バザラダ・・・ッ?!」


いや、言い放とうとした
その言葉は不自然に途切れ、印を組んでいた指に切り傷が走る

感じる気から、私よりは下であろうその妖怪
なのに、簡易であったとしても縛呪を逃れるとは、どういうことだろうか
すっと息を吸って、気をぴんと張ると、目を凝らす
ゆらり、と黒い影が動いた


「まがものよ、我が前に形無きままに立ち塞がるその姿を、我が前に!」


気を込めてそう言い放った声
だが、その声に乗せた気は跳ね返される
鋭いかまいたちになったように、頬に一線傷がついた
そうしているうちに、藍は彼女を抑えられなくなり、ふっと解けるように彼女は消えた
蓮は喰われていた男性に付き添い、どうにかできないものか見ていたようだが、どうにもならずにこちらに顔を向けて首を横に振ったのが見えた


『消えたな・・・どういうことだ?』
「さぁ・・・実体があったはずだから、人間・・・ではあるとおもうんだが・・・」


呟いた声は、謎を残したまま闇に消えた

その後、闇の濃い場所に言ってみるも既に喰われた人ばかりで、肝心の闇自体はもぬけの殻という、なんとも不可解な結果を残し、私は先輩の待つ長屋へ戻った





不可解な謎






※文中の「まがものよ〜」のくだりは私が適当にそれっぽくと考えたものですので、ご了承ください。

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