もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

血塗られた手







無事4年生へと上がった私たち6人
けれど待ち受けていたのは、上級生になるためには必要な、けれど辛い現実


「っお、れ・・・」
「遥人、俺、人殺し、で・・・っ」
「勘、兵助・・・」


三人で身を寄せ合って、宥めあう
血に濡れた己の手
もう戻れない、一般人とはいえない、既に忍ぶ者としての一歩を踏み出してしまった
洗っても洗っても、落ちない紅い幻影
それは4年に上がった私たち全員に、平等に突きつけられた忍の現実だった


「なあ、俺達はこんな風に、人を殺すために・・・今までがんばってきたのかよ・・・」
「でも、仕方ないだろ・・・それが忍者だ」
「ハチ・・・三郎・・・」
「それが現実で・・・私たちは忍者というものを軽んじていただけかもしれないな」
「・・・遥人・・・うん・・・かもしれないね」


ろ組も私たちい組と同じように、暗殺実習を終えて
落ち込む彼らの隣で、現実を見たくないかのように私に身体を預け、眠る勘と兵助
一人一人が、これから目指さねばならない忍者というものがどんなものか
そしてどう心構えをするべきか、模索していた

日の光のしたでなんでもないように笑みを浮かべる5年生や6年生の先輩が、どれだけ凄いのかよく分かる
彼らも、私たちと同じようにこの葛藤を抱え、それを乗り越えてきたのだ
もちろん、ダメだった人だって多くて、下級生に比べればずっとその人数は少ない
けれどその分は無い覚悟が彼らにはあった

暗殺実技の後、私たちの学年の人数もずいぶんと減った
入学当初は三組あわせて40人近くいたにもかかわらず、4年に上がる前にその半数が行儀見習いゆえに学園を去った
そして、実技実習を終えた後、私たちを含めて今、4年生には10人しか残っていない
それだけ忍者への道は厳しく、残酷だ






「あ・・・先輩・・・」
「どうした、数馬」


保健委員会の当番として、医務室でなくなってきた薬を作っていると、当番じゃないはずの数馬が顔を覗かせた
その顔がなんだか不安そうに見えて、ちょいちょいと手で呼ぶと、彼は気まずそうにこちらに近づいてくる
どうやら転んで怪我をしたらしく、手から血が出ていた
・・・あまり、今は血を見たくはなかったのだが
血の赤を見ると、人を殺した日を思い出す
けれど人よりも早く気持ちを整理できたのは、私が現実のものではなくとも、血を流した人・・・いや、元・人をよく見てきたからだろうか
私は数馬の手当てをしながら、そんなことを考えていた
だから、数馬が泣きそうな顔をしていたことに気が付かなかったのだ


「せ、先輩」
「痛かったか・・・?」
「そうじゃなくて・・・あの、4年生は、沢山止めたって・・・」


そういわれて、あぁ、と納得した
不安そうな表情も、泣きそうな表情も、すべて私を心配してくれたものなのだと
私はきゅっと手に巻いた包帯の端を縛ってから、数馬を腕の中に収めた
そしてぽんぽん、と背中を叩く
いつか泣いてしまった弟を慰めたときと同じように


「私は大丈夫だ、数馬」
「居なく、ならないでくださいね・・・!」


優しいな、数馬は
心配してくれる後輩に、私はあぁ、と返して落ち着くまでまだ小さな身体を抱きしめた
きっと数馬も、これから苦しむだろう
けれどそれよりも、君の未来に幸多からんことを望もう
優しい数馬、友達が少し怪我をするだけで、泣きそうになる君
きっと人一倍苦しむけれど、乗り越えれば強くなる
伊作先輩のように、優しく誰にでも手を差し伸べられるようになってくれればいい
私はそう思いながら、彼を宥めた




血塗られた手









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