もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

春に訪れる暗闇







むせ返るような血の匂い
それが幻想だと分かっていても、あまりいいものではない
私が今見ているものはすべてまやかしであり、現実ではない


「アアァァアアァァァ!!ニクイコロセコロセコロセアァアアアア!!」


目に見えない鎖に縛られた怨霊
血にぬれて、その身体は骨が見えたりとあまり見た目良いものではない
その気に影響されて、ただにおいを感じていると錯覚しているだけ
実際、何も見えない人にはただ私がただずんで居るように見えるだろう


「ナウマク サマンダ ボダナン エンマヤ ソワカ」


ゆるり、と印を組んで言葉に力を乗せる
恨みはないけれど、ここまで憎しみに身を焦がしてしまえば、もう戻ることは出来ないだろう
浄霊は無理ならば、除霊しか出来ない
叫び声と共に、縛られていた霊は冥府へと連れて行かれた
残るのは何もない静寂


「・・・学園長も、人が悪いな」


私が御門であることを利用して、普通の課題ではなく、こんな陰陽師まがい・・・いや、陰陽師そのもののような仕事をさせるだなんて
それも一つではなく、いくつも
戦乱の世
縛られる魂はざらにいるだろう
それのどれだけをこの行為で救えるのか、なんてそんなことを考えても、きりがない
霊を送っても、その分だけどこかで増える
堂々巡りのようなものだ

私は先ほどまで霊がたたずんでいたところを一瞥してから、背を向けて歩き出した





「ただいま」
「お帰り、遥人。課題は無事終わったみたいだね」


家に帰れば、丁度夕食を作っている半助さんが居た
半助さんには見えないだろうが、後ろのほうでおかえりー!の大合唱をしている妖怪たちも見える
久しぶりのこの感じに、笑みを浮かべた


「無事すべて終わりました、後は報告だけです」
「そうか、まあ遥人なら大丈夫だとは思って居たが・・・」


微妙な顔つきの半助さん
どうやら心配してくれたらしく、素直にありがとうございますと返しておいた
半助さんは少し驚きの表情を見せたが、すぐに嬉しそうに、あぁ、無事でよかった、と笑った

春休みは残り少なく、後数日も過ごせば学園に戻る
きっと学園に戻れば、今までよりも少ない教室で授業を受けることになるのだろう

さらさらと符を作る途中、私は空を見上げた
満月の光が煌々と部屋に差し込む
忍ぶ者にはよくない日
だが、同時に陰陽師にとっては一番闇が弱まる日だ


「・・・無事に・・・」


終わっていればいい
皆で上にあがることが、今の望みなのだから
その後に待ち受ける苦しみは、そのときに考えればいい
友人達を思い浮かべる
彼らならば、共に上がっていけるだろう
例え、今後人を殺さねばならぬといわれても・・・




春に訪れる暗闇






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