もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

姉弟?いいえ、人間と憑き狐(家族)です








後輩が出来て、少し授業が難しくなった以外、特に代わりばえしない教室
あぁ、そういえば、教室の場所も変わったな
おかげで、たまに一年生のときの教室に行きそうになる人が最初に居たけれど、それも一ヶ月経った今ではなくなった
少しだけ変わった日常に既に慣れ初めているというのに
・・・私の周りは、未だ落ち着かないままだ、主に、妖怪の意味で・・・


「だから、あまり綾部に近寄るなといっているだろう・・・」
『嫌よー!あの子は私が守らなくちゃいけないんだからぁぁぁっ!』
『綾ちゃんだってもう自立してきてるんだから、由はそろそろお役ご免だって・・・』


兄上が言っても信じないわー!と騒ぐ、綾部に憑いていた狐、由
事あるごとに騒いでは、綾部にまた憑く!とうるさいのだ


「由、綾部には魔よけの札を渡してあるし、忍術学園は結界を張っているから迂闊に妖怪が立ち入れない、綾部が襲われることなんてないよ」
『それでもっ、綾の隣にいるのっ』


既に駄々をこねる子どものようだと私はため息をついた
今だって、きっと綾部は作法委員会で先輩方にご教授いただいている頃だろう
一年の穴掘り小僧だと言われて、良く競合地区に蛸壷を掘っているのだとも聞く
それで被害に遭うのは、主に不運だといわれている保健委員会だけれども


「・・・由!」
『っ』


気を込めて名前を呼べば、びくんと身体を振るわせる由
それだけ名前というものには力があるということなのだ
私はおとなしくなった由に、言い聞かせるように話す


「綾部は由が憑くようになってから見えざるモノが見えるようになったと言っていたんだ。なら、由が憑けば、今はまだ弱い彼の見鬼がさらに強くなって、今よりももっと危険にさらされる。私のように身を守る術を持つものならばともかく、綾部は普通の子どもだ、それで嘆くのは、由だぞ」
『・・・っだって・・・私をまっすぐ見てくれたのは綾だけだったんだもの・・・っ』
『由・・・遥人は、ちゃんと見てくれるよ』


自分がそうだったよと話す蓮の目は、確実に兄の目で
己の妹をいつくしむ目だった
・・・それにしても、私自身は妖怪が生まれる前から身近にいたからこそ、彼らが一人一人違うのであると知っているから、こうしていられるのだが
・・・そこまで言う必要は、ないか
どうせ前世の話など、今の時代には関係がないのだから
ふー、と一つため息をついて、私は由を引っ張る

『遥人・・・?』
「綾部に会いに行こうか」


ふっと少しだけ笑みを浮かべてそう言えば、由は大きく頷いた
藍には甘いなと言われたけれど、でもそれも私だからな、仕方がないさ







「綾部」
「遥人先輩・・・どうかしたんですか?」


きょとんとして地面から顔を出している綾部
噂の穴掘り小僧らしく、穴を掘ることに夢中なようだ
出来るだけ優しい物言いで、私は由がな、と切り出した


「綾部に会いたいとわめいたのと、私も綾部に会っていなかったから、会いに来たんだ」
「そうなのですか」


元気そうだな、と少し土で汚れてしまった髪を撫でれば、由がずるいっと綾部に抱きついた
小さな綾部は体制を崩して、しりもちをつく


「おやまぁ・・・危ないよ、由」
『綾ーっ!』


ぐりぐりと顔を綾部に押し付ける由に、これじゃどっちが上だか分からないなと苦笑をこぼした





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