もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

春の休み前に







廊下をあるけばふわりと梅の香りが漂い、春の訪れを感じさせる
忍術学園に来て一年
早いものだと呟いた
空を見れば、春風に乗って移動する物の怪の姿
忍術学園に来る前も、そういえば空で風にのる物の怪を見たなと思い出す


「遥人っ!」


廊下に佇んで、梅を眺めていれば、後ろから声を呼ばれる
振り返れば兵助や勘、三郎、雷蔵、ハチが笑ってこちらにあるいてきていた


「何見てたんだ?」
「あぁ、梅の香りがして・・・もう春なんだなと」


三郎の質問にそう答えれば、雷蔵がそう言えばそうだね、と笑う
きっと、春休みの間に、終わってしまうだろうその花に、私はふと一つの歌を思い出す


「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな・・・か」
「なんだそれ?」
「それ・・・菅原道真の?」


ハチが疑問符を飛ばすが、兵助が少々自信が無さそうに聞いてきたので、私は肯定する
さすが兵助、よく勉強している
私が今の私になる前は、まだ彼が死んでからそれほど経っていなかったが故に、多くの人の心に残っていたが、今の時代、勉強しなければ知らぬ事だろう


「遥人は何でも知ってるね」
「ハチとは大違いだなっ」
「う、うるせーっ」


目を輝かせて私を見る雷蔵の横で、三郎がハチをからかう
その温度差に、勘が苦笑を零した
私も仕方ない奴らだなと一つため息をもらすと、勘と兵助、雷蔵を手招きしてから二人の名前を呼んで話しかけた


「三郎、ハチ、言い合いをやめないと置いていくぞ?」


2人は自分たち以外が全員私の方にいるのを見て、声を合わせていやだっと言った
どうやらそう言うところは似たもの同士らしい


「はいはい、話が終わったら、昨日作った羊羹をみんなで食べようか」
「ほんとっ!?」


私が偉いなと三郎とハチの頭を撫でてそう言えば、勘が目を輝かせて食いついた
甘味好きはそうとうなもので、あまり食べ過ぎも良くないからと、よく私が買いためた甘味を没収することもあるくらいだ
没収すると、大抵医務室でのおやつになるのだけれど
もちろん、後日勘に甘味を作ったり、買ってあげたりして没収した分は返すが


「食べ過ぎは厳禁だ、勘」
「分かってるよ、でも遥人の作ってくれるものは美味しいから」


にこにことそういって褒める勘に、褒めても何もでないよ、と苦笑して
丁度ついたろ組の教室の前で、私たちは別れた




春休みに先立って、新学期の始まる日にちや注意が教科担当の教員から告げられる
それが終ったら成績表だが、私が見せる相手というのは半助さん・・・なのだろうか
しかし、彼は教員なのだから、私の成績など知っていてもおかしくなさそうなのだけれど


「御門遥人」
「はい」


名前を呼ばれて成績表を受け取る
席に戻れば勘と兵助が寄って来たので、見せてということなんだろう
私は何も言わずに彼らに成績表を差し出した


「遥人、凄いな」
「なんだか兵助と似た成績表だねー」


さすが、とにこにこ笑う勘に、ふと水をさすような言葉が一つ


「いいよな、天才は」


その言葉は、確かあまり成績がよくないと落ち込んでいた同級生から発せられたもの
私はただの妬みだと分かっているので、あまり気にする必要もないと思ったが、勘と兵助は違ったらしく、彼を睨んでいた


「勘、兵助」


名前を呼んで、こちらに視線を向けさせてから、ゆっくり首を横に振る
あまり納得した顔ではないけれど、二人はその言葉を聞き流してくれた
けれどきっとこのままでは二人は私の居ないところでなにやりそうな気がするし、何より私が思うところがあった
だから、私は小さな、勘と兵助しか聞こえない声で呟くように言った


「後で、ね」






春の休み前に






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