もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

陸拾









私の話も纏まり、一件落着したかと思われたとき、現れたのはさっきの犬塚という男
顔を怒りで赤く染めている
三郎が軽くさっきを飛ばしたのが分かったが、この男相当鈍いのか全く動じない
そして父上に向かって怒鳴ったのだ


「約束が違うではないですか!行き遅れの女を貰う家などそうそうない!その中でせっかく私がわざわざ貰って上げましょうと言っているというのに!これはどういうことか!!」
「アナタのような男にうちの娘はやれないという事ですよ」


喚いた男に、父上が正面から睨みつけた
ぶわりと威圧感が部屋の中に満ちる
威圧感、というよりも怒気に近いだろうか
その気を正面から受けて、犬塚は先ほどの赤い顔が嘘のようにさっと青く変わった


「娘はアナタのところには嫁がせません。お引き取りください」
「だ、だが」
「お引き取りくださいと申し上げています。・・・それとも、強制的に放り出す方がお好みですか」


ひっと情けない悲鳴を上げて、犬塚が後ずさる
・・・ホント、情けない
私はこんな男に組み敷かれたと言うのか・・・
鍛錬不足だな、要鍛錬だ
腰が抜けたのか、なかなか立ち上がらない犬塚にしびれを切らせたのか、父上が手をひらりと回して合図した
すると降りてくる忍が2人


「放り出しておけ」


父上の一言に、2人は一礼すると、犬塚を担ぎ上げ、去っていった
犬塚が居なくなると、父上は一つため息をついた


「あの男は何を勘違いしていたのか分からんな」
「上からの物言いでしたね」
「どうせ貰ってやるんだ感謝しろってことだろ。どうでも良いやつなら殺してやるのに」


三郎が危ない発言をしたものの、特に咎められることはなく
私は一つ息を吐いた


「とりあえず・・・私は、鉢屋と名乗って良いということ、ですよね」
「何言ってる、お前は鉢屋当主の娘だ。今までも、これからもな」


父上はそういって笑った


「・・・二葉、あなたは私を母と呼ぶことになるのですよ、良いのですか・・・?」
「椿様・・・椿様は、私の、本来の両親と、親しかったでしょうか」
「・・・あなたの母とは、親友でした・・・」


椿様は懐かしげに目を細めて、そう言った
私はそれを聞いて安心した


「なら・・・これから、時々母上のお話を聞いても構いませんか?・・・――義母上」


私がそう呼ぶと、椿様・・・義母上の肩の力が抜けるのが分かった





歩み寄る努力を










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