もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

伍参







「して、いつ行くのじゃ」
「長くいれば未練が残りそうですから、早ければ明日にも」


私が学園長に返せば、学園長は残念じゃなと呟いた
ヘムヘムも落ち込んだように鳴いた


「食堂のおばちゃんと教員の方々には後ほど挨拶に行きます」
「・・・生徒達に言わないのじゃな」


学園長の言葉に、私はなにも言わずに苦笑を返した







「おやまぁ!二葉くんってば女の子だったのねぇ、気がつかなかったわ。それにしても、よく20歳で嫁ぎ先が見つかったわねぇ、おめでたいわ」
「えぇ・・・ありがとうございます、おばちゃん」


にこにこと自分の事のように喜ぶおばちゃんに、私はおばちゃんを騙しているようで後ろめたさをどこかに感じた
本当に、この縁談は椿様による厄介者を追い出すための手段でしかないというのにな
ご馳走をというおばちゃんの好意を、残念に思いながらも丁寧に断り、私は職員室に向かった


「二葉が縁談か、お前は一生独り身だと思ってたのにな!」
「案外土井先生がお似合いだったかもしれませんよ?」「えっ?!冗談はよしてくださいよ〜」


挨拶に行けば、酷い言われようだ
木下先生、それは私を乏しているのか、と言いたくなる
山田先生もなにを言ってるんだ・・・
私は報告に行っただけだというのにやたらげっそりとした顔をすることとなった


「それにしても急だな」
「えぇ・・・まぁ、母上から見れば早く終わらせたいのでしょうね・・・」
「二葉さんも20歳と若くないですからね・・・」
「土井先生、二葉に失礼でしょう」


土井先生は慌ててすみませんと頭を下げた
私は苦笑して、事実ですから、と返す
現代から考えれば、20歳はまだまだ若いんだけどな
まぁ、そもそも寿命が短いから仕方ない
それに、年齢がどうとか、私はあまり気にしていないしな
・・・これでも、平成の世を生きていた前世を覚えている、訳だし
私はあまり教員達に突っ込まれないうちに職員室を退室した





物の少ないがらんとした印象を受ける私の部屋
元々私の私物というものは殆ど無い
いつ死ぬかも分からない忍という職柄、あまり物を集めても仕方なかった
家に置く場所も無い、置いてもきっと処分されるのが関の山だから、買う必要も無かった
ふと目に付いたかんざし
・・・あぁ、学園に勤めるようになってすぐに、三郎が私にくれたんだったな
本来の色は知らないはずなのに、私に似合うだろうからと買ってきてくれたもの
私は鬘を外した
ぱさりと音を立てて広がる、色素の薄い、金色にも見える髪
幼い頃、母は先祖帰りなのね、と笑っていた
光によっては紅にも見える瞳に、同じく色素が薄くて光の加減で金色に見える髪
椿様に嫌われて当たり前だ、こんな容姿
私はそっと貰ったかんざしを髪に挿す
備え付けられた鏡を覗けば、金の髪に揺れる透明な青
きっと、元の髪色にしかさせないかんざしだろうな
だから・・・もう、つけることも無い
勿体無いけれど、緑の髪に、このかんざしは似合わないだろうから
私は結った髪に挿したかんざしを抜き取り、布に大事にくるんだ
そしてそれを懐に入れると、鬘を付け直して部屋を片付け始めた






最初で最後の








一部修正 2011.08.22



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