もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

伍拾




side:三郎



どういうことなのだろうか
私が思ったのはその一言だった
普段二葉に見向きもしなかった母上
私や壱槻兄上が二葉と居ると母上はとても怒っていた
それでも二葉は私からはなれずに甘やかしてくれて
父上や母上の厳しい言いつけに私が泣くと、必ずそばに居てくれた


「・・・どうして」


そんな風に、二葉を嫌っていた母上が、どうして
私は母上が理解できなかった


「三郎・・・あの女の人、三郎のお母さんなの?」
「あ、あぁ・・・・・・兄上には余り干渉してこない人なのに・・・なんでだろうな」


私は少し違和感を覚えながらも、豆腐!とうるさい兵助に急かされて、その話題は流れていった





―――――
side:#二葉




こちらです、と私に宛がわれた部屋へ椿様を案内する


「お茶を持ってまいりますので、しばらくお待ちください」
「結構です。それよりも、そこに座りなさい二葉」
「・・・はい」


椿様に言われ、私は椿様から数歩離れた下座に座った


「・・・あなたはいつもそうですね。私に楯突かず、ただ過ぎるのを待つのみ・・・。少しは己で打開しようとは思わないのですか」
「私は鉢屋なれど鉢屋ならず。重々承知しておりますが故に」
「・・・良いでしょう、その心意気、忘れていないようでわたくしも安心いたしました」


ばっと扇子を開く音
椿様は開いた扇子で口元を隠すと、私に告げた


「あなたが欲しいと言って下さる方が見つかりました」


ぎり、と手をきつく握る
分かっていただろう、いつかこの日が来ると


「先方は、私が忍だと・・・」
「知っています」


鉢屋で居られるのもこれまでなのか
所詮義理の子、例えどう扱われようと、ここまでおいて貰った恩義はある
それに、椿様には良い顔をされていなかったが、父上は私を実の子らと変わりなく接してくれた
・・・それだけで、十分私は恵まれているじゃないか


「二葉、先方とは10日後に会うことになっております、それまでに大川平次渦正殿に挨拶しておきなさい」
「・・・分かり、ました」


それでも、鉢屋で居たいと思う私は、きっと欲張りなのだ









自分勝手はできないから












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