もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

肆玖







いつものように、食堂で食事を作って、事務の手伝いをして
それで終わると思っていた


「――二葉」


にこりと笑みを浮かべて入ってきたその顔は、見覚えあるそのひと
名前を呼ばれ、私は凍り付いたように動けなかった


「・・・椿、様・・・?」


持っていた皿が、滑り落ちる
パリン、という音
けれど私はそれを気にすることが出来なかった
くすくすと笑うその顔は記憶にあるその顔と違わない
それが、また私の恐怖を煽る
どくどくとうるさく心臓が鳴る


「迎えに来ましたよ、二葉」
「な・・・んで・・・」


からからと渇いた喉から搾り出すように呟いた声
そのとき、食堂の外から聞こえた話し声に、私はぴくりと反応した


「・・・・・・だから昼飯が終った・・・ら・・・・・・?」
「何かあったみたい・・・?」


きっと三郎たちの位置からだと、この人は見えないんだろう
だから、何が起きているのか分からないのだ
ああ、でも、むしろ今は見られなくても良かったのか
私が三郎に弱いと、そう思われてはいけない
だって、私は常に強い鉢屋二葉でなければならないじゃないか


「・・・?三郎、雷蔵、何かあったのか?」
「入り口にたまってるのは良くないよ?」
「今日豆腐のはずだからはやく行きたいんだけど・・・」


入り口から聞こえてきた声に、私は一度目を閉じて覚悟を決め、口を開いた


「・・・椿様、お話はここではなく、私に頂いた部屋へお願いできますか。・・・おばちゃん、すみませんが、抜けさせていただきます」
「・・・えぇ、分かったわ。いってらっしゃい、二葉くん」


私はありがとうございます、とおばちゃんに頭を下げる
5年生の集団から、母上?と声が上がった
見ずとも分かる、それは三郎の声
いつもならばその声に何かしら返してやるが、今の私にそんな余裕はなくて
私は椿様を連れて自分の部屋へ向かった






始まるのは天国か地獄か












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