肆陸 「そろそろ、殺った頃ですかね・・・」 野犬の遠吠えが聞こえた 縁側で空を見上げる ブチリ 太い糸・・・そんな感じのものが切れるような、そんな音が聞こえた その音に、私はくすくすと笑い出す 「あぁ、終ったんですね」 きっと今の音は、彼女が世界とのつながりを切り離された音 似て非なるもの、けれど分かる 確かに彼女と私は同じ場所に居たのだから 「至極滑稽なり」 あぁ、面白い 私に尻尾を振って、本当に、彼女は何がしたかったのか 残念ながら私の好意は少しも彼女に向いていなかったというのに 私が好いているのは三郎であり、その好きのベクトルが曲がるわけがない ああ、でもきっと三郎が彼女をすきだったら そのときは、三郎が好きなものを好きでいようと努力したかもしれないな "もしも"はないけれど、ね 「二葉っ」 帰ってくる彼らを迎えようと門を開ける すると三郎が見えて、私がおかえりなさい、と笑えば、そうそうに三郎が飛びついてきた 少しだけその勢いに負けそうになるが、ぐっと踏ん張って耐える 「こらこら三郎、いきなりは危ないじゃないですか」 苦しいですよ、と引き剥がして顔を見れば、ここ最近形を潜めていた嬉しいだけの笑顔を浮かべていた 後ろから追いついた他のくのいちたちや、綾部くん、伊賀崎くんが来た 綾部くんも伊賀崎くんも、早々に飛びついてきて、私は苦笑を浮かべる 三郎の気配に抑えた怒気が一瞬混じったのに、私は内心でため息をついた 三郎の気持ちは、家族を越えているのだと、意図せずとも気づいてはいる でも、どうして幼い頃から共に過ごした私なんだ、とも言いたくなるのだ それに、鉢屋は兄上が継ぐが、三郎はその補佐、私は嫁ぐまでは手伝うが、いずれは鉢屋ではなくなるだろうと思っていた 本来鉢屋ではない私には、それが一番いいだろう、と けれど、私がもし三郎にがらん締めにされてしまえば、鉢屋に迷惑がかかるのではないかとも思う ・・・それに 幼い日に交わされた、母上との約束・・・いや、契約か 「アナタは鉢屋であり鉢屋ではありません、身の程をわきまえなさいませ」 「はい・・・申し訳ありませんでした」 両親をなくして、新しく得た両親 今の父上は、優しくしてくれた だが、母上・・・椿様、は・・・ 私には、優しくなかった 「アナタのような下賤の者が居るから鉢屋の名に傷がつくのです。アナタを引き取ったのはあの方がアナタを気にかけて仕方がないから、そして女だから引き取ったのです。女ならば嫁がなければならない。アナタには早々に嫁いでいただきますので、そのように思いなさい」 「――――・・・・・・は、い」 いくら二度目の生であったとしても、堪えないわけがない ・・・けれど、私が鉢屋の家で生きるとき、私はそうしているしか術はなかった 父上も、兄上も、三郎も、あまりそういうことは考えていないようだったけれど 椿様付きであった方々は、今でも私がいつまで鉢屋に居るのかとせせら笑って言うのだ "恥さらし" と 聞こえる"おと" → 戻 |