もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

参弐







片づけを終らせて、部屋で本を読んでいれば、こちらに向かってくる気配を感じた


「兄上」
「入ってください、三郎」


許可を出せば、静かに三郎が部屋に入ってきた
そして私に抱きついて、ぽつりと呟いた


「・・・雷蔵が、あの女のことばかり見るんだ」
「そのようですね」


同意を返せば、抱きついてくる力が少しだけ強くなる
どうやらこの1週間のうちに、学園は大きく変わってしまったらしい


「あの女、いきなり空から降ってきて、未来から来たと・・・」
「未来から・・・ですか、それはまた突拍子もない・・・」


三郎は、ぽつりぽつりと私が居ない間の一週間について話してくれた





「きゃぁぁぁっ!!!!」


女の叫び声が聞こえた
誰の叫び声かわからず、きょろきょろと辺りを見回していたとき、その声が上からすることに気がついた
その叫び声の主に一番近かったのは私達だったから、私達がその女を受け止めた
もちろん、空から落ちてくるなんて普通ないことだから、先輩達はみんな警戒してた
でも、いきなりその雰囲気が和らいで、何事かと思ったら、先輩達は彼女を学園長の元へ連れて行った
私はその様子におかしいと感じたんだ
でも、雷蔵たちは違って・・・


「可愛い人だったね」
「空から落ちてきたって事は天女様ってことか?」
「名前はなんていうなんだろうなー、可愛い顔してたからきっと名前も可愛いんだろうな!」


違和感など何も感じない、それよりも、彼女を受け入れていた
空から降ってくるという怪しい、まだ話してすらいない、その女を
・・・勘右衛門だけは、良く分からなかったけど
それからあの女は大して怪しまれずに、事務手伝いになったんだ
みんなあの女の名前を呼んで、あの女の周りに集まって、気をひくために話しかけて
学園の空気が緩むことに恐怖を覚えた






「私には、今まで一緒に居た友が別人のように見えて・・・兄上、私は間違っているんだろうか・・・」
「三郎は間違ってなど居ませんよ・・・貴方が変わらないで居て、私はとても嬉しく思います。つらかったでしょう・・・良く耐えましたね・・・」


抱きついたままの三郎の頭を撫でて、泣きたいならば泣きなさい、ここには貴方と私しか居ないのですからと声をかけた
三郎は声を上げずに泣いていた





泣き虫の君とおかしな世界








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