もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

拾漆







パシャ、と一人の浴室に音が跳ね返る
在学中もこうしてくのたまのお風呂を貸してもらっていたな、懐かしい
私としては、別に男と入ったところで問題はないのだが、父上と兄上に全力で止められたのだったか
まぁ、あの頃はまだどちらかと言えば男に近い意識を持っていたから、仕方ないと言えば仕方ないが


「・・・あまり浸かっているとのぼせるか」


いつくのたまが来るかもわからないし、と湯船から上がる
そこで小さな気配がした
・・・5年生か6年生、か?
私は脱衣場でさっさと着替えると、窓から外に出た
髪がまだ濡れていて、あまり良い感じがしないな・・・三郎のところに帰ったら拭くか


私はばれないようにくのたまの敷地内から姿を消した




―――――
side:手回し自鳴琴主人公



からり、と脱衣場の扉を開ければ、何か違和感を感じました


「・・・・・・?」


けれど、あまりにも微かな違和感
気配を探ってみても、だれかが居るような感じではなく、訝しげに思いつつも、私は気にしないことにしました




―――――
side:二葉



「三郎、不破くん」
「おかえりなさ・・・い」
「兄上、髪はちゃんと拭いてくれ・・・」

私たちが風呂に行ったであろう兄上を待っていると、声をかけられた
振り向けば、出たばかりでまだほんのりと顔が赤く、髪の濡れたままの兄上が立っていた
色っぽいと思うのは私の欲目だけではないはずだ、雷蔵も目を丸くしているし


「兄上、手ぬぐいかして、私が拭くから」
「ん、あぁ、ありがとうございます、三郎」


兄上から手ぬぐいを受け取ると、髪を拭く
誰かの顔を借りているのか、それともただ作っただけなのか
兄上本来のものではないだろう髪を、それでも私は傷つけないよう優しく拭いた


「そんなに、丁寧にやらなくてもいいのですがね」
「でも、兄上の髪だから」
「・・・そうですか、ありがとうございます」


どこか嬉しそうにそういった兄上の表情は、後ろに居た私は見ることはできなかったけれど
それでも、どこか優しさを含んだその言葉に、私は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた





優しい気持ち






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