もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ









ショックを受けたような三郎の表情は気がつかない振りをして、私はさて、と切り出した


「・・・食堂のおばちゃんに挨拶をしたら、お暇しますかね」


そう言って立ち上がる
三郎は手を堅く握って、下を向いたまま
他のお友達は、私と三郎にどう声をかけたらよいか、分からずに様子をうかがっている
私は仕方がないなと言うように、片膝をついて三郎の顔をあげさせた


「私が死ぬと言っているわけでも、壱槻兄上が死ぬと言っているわけでもありませんよ、三郎」
「でも・・・」
「壱槻兄上も、私も、そう簡単に死ぬと思いますか?」


私の問いに、三郎は大きく首を振って否と表した
その様子を見て、私は笑いかける


「三郎がやらないといけないのは、学ぶことですよ。残りの月日を、大切にしなさい」
「はい」


良い子ですね、と頭を撫でてやれば、三郎は照れくさそうに笑った
それからね、これは三郎次第なんですけど、と付け足す


「気になってたんですよ、その敬語。昔はそうじゃなかったのに、三郎と壁が出来たようで、あまり好きではないんです」
「・・・じゃあ、普通にはなす」
「はい、そうして下さい」


私は笑って立ち上がると、それでは食堂に行きますね、と残して、部屋を後にしようとした
・・・のだが、三郎が私の袖を掴んでいた


「兄上、確かフリーだったよな?」
「・・・まあ、今は仕事を特に受けたわけではありませんが・・・」


私がそういうと、三郎は目をキラリと輝かせた・・・ような気がする
そして私の手をがしりと掴んだ


「じゃあ、学園長に頼めばきっと学園で働けるよな?」


私はうーんと考える素振りを見せた
・・・実際問題、私は別にかまわないが・・・鉢屋としてはどうなのだろうかとは思う
今の身長は三郎よりも少々小さいくらいで、来年になればもっと差は開くだろう
嫌でも男女の差が開く
今は男と認識されているから、特になにも言われない
けれど、いくら鉢屋衆 長の娘であったとしても、嫁がないと言う選択肢はない
既に20歳で行き遅れの私は、嫁ぎ先を探すのも一苦労だろう
・・・そう思えば、結婚を考えず、ここで教師をした方がいいのかもしれない、とは思う
けれど


「・・・一応、考えておきます」


考えて出た結果は、そんなものだった



突然の提案







- 11 -