もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

じゅうさん






「朱っ!」


声と共に、ピタリ、とのばされた手が止まりました
声のした方を見れば、少し息を切らせた伊作先輩の姿


「伊作くん」
「朱に何しようとしてたんだい、かなさん」


拒絶するかのように、強い視線でそう言った伊作先輩
その姿を見て、かなさんは嘲笑ったのです


「ふふっ、あのねー、私の苦しみを、幸せを奪ったこの子に味あわせてあげるの」


にっこりと笑ってそう言ったかなさんは、手に持った何かを私の喉めがけて勢い良く突き刺そうとしてきたのです
私はとっさに袖に仕込んでいたクナイでそれを止めます


「室町から"飛んで"きた子にはさすがにかなわないかぁ、残念」


どこか楽しそうに目を細めた彼女
けれどその目に一瞬だけ痛みが走ったように思えたのは、私だけなのでしょうか


「かなさん・・・」
「来ないでっ」


私が近寄ろうとすれば、激しい拒絶の言葉
かなさんは笑っていました


「ね、私はいつだって悪者なんでしょ」
「そんなことないです・・・っ」
「そんなことあるんだよ。朱ちゃんがいる限り、私は悪者」


先程の表情が嘘のように、彼女は笑いました
それは、彼女からしたら遠い、あの室町の時のように
けれど悲しみが全面に出た笑顔で


「私、どうしたら悪者じゃなくなるのかなぁ・・・ねえ、朱ちゃん・・・」


かなさんの手から刃物が滑り落ちました
伊作先輩は直ぐに落ちた刃物を飛ばしましたが、それをしなくても、かなさんはもう私を殺そうとしないと、私は感じました


「かなさん」
「・・・朱、ちゃん・・・」
私は手を差しだし、笑いかけました


「あなたが足利の治める世でおかした過ちは、決して許されることではないでしょう。・・・けれど、それでかなさん自身が傷ついたことは紛れもない事実です。だから、ちゃんと後悔してここにいるのでしょう?」
「朱ちゃん・・・なんで・・・?」
「また、私と友達になっていただけますか?かなさん」


かなさんは、ぼろぼろと涙を流し、床に座り込みました
私が覗き込んでも、もうその目に殺意も狂気もありません
心配そうに私を見つめてくる伊作先輩に、いたずらに笑みを浮かべると、私はかなさんを宥めるように抱きしめました


「かなさん」
「・・・私と・・・友達になって下さい・・・っ」
「はい、喜んで」


涙でぐちゃぐちゃになった顔に浮かべた笑顔は、今までで一番晴れ晴れとしたうれしそうな笑顔なのではないかと私は思いました


新しく、友人として








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