もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

じゅういち







この時代・・・平成と呼ばれる時代は、とても平和で、だから朱が気を張っている必要はないのだと、そう説明すれば、朱はそうなんですか、と少しだけ嬉しそうに笑った
やっぱり平和な世が一番なんだと思うと、僕は嬉しくなって、笑顔になった
けれど、朱にとって、それは喜ばしいことであり、同時に悲しいことなのだと、僕は気づかされることになる





「ごめん、もう一度、言って・・・?」
「・・・ごめんなさい、伊作先輩・・・」


私は、この場所に留まるつもりは、ありません
その言葉を、僕は理解したくなかった
なぜ、そう思った


「今の私に、伊作先輩は遠すぎるんです・・・真っ白な貴方を、私は汚したくありません」


それは、この学園に居る、すべての人に共通したことですけど、と困ったように笑った朱を、こんな場面でも可愛いと思った僕は、朱を愛しているってことなんだろうなと思考の片隅で思って
けれど、僕は朱に何もいえなかった
だって今の僕らにとって室町時代の僕らはもう、"過去"だ
けれど、つい先日まで室町で忍として敵を屠ってきた朱にとって、室町時代は"現実"なのだ


「すみません、伊作先輩」


それでも、私は伊作先輩が好きでした
そう一言僕に投げかけて、彼女は医務室から出て行った




それは誰のいたずら?








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