もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ




焦ったように戸が引かれる音がして、僕がそちらを振り返ると、久々知が居た


「先輩、あの、朱は・・・」
「朱ちゃんだったら退院したよ、処置が早かったから重くならなくてね」
「あ、そう、ですか」


久々知はそれだけ言うと、すみません、失礼しますと言って出て行った
大切なものって、失ってから気がつくって言うけどね


「・・・いまさら気がついても、遅いんだよ――」


一人になった保健室で、僕はそうつぶやいた



―――――


学園まで帰ってきた私たちは、かなさんに一度別れを告げ、長屋へと戻りました


「おかえり、朱」
「おかえりなさい、朱ちゃん」


長屋の私の部屋では、先輩方が待っていました
私はお二人に笑いかけました


「先輩方の、せめて最後位は喜んでもらおうというお心遣い、とても喜んでもらえましたよ」


お二人は少し驚いたのか、笑っている表情を崩しましたが、すぐに元の顔に戻り、そう、と返しました
もう、隠す必要などないのです
だって、私に声を取り戻させてくれた天女様は、もうすぐいなくなるのですから


「アレを連れ出す役目は忍たま6年生の協力者に頼んだのよ」
「だから朱ちゃんがやるべきことは後ひとつです」


私ははい、と返しました



―――――



「伊作くん・・・」
「あれ・・・どうしたんですか、かなさん」
「ごめんね、あの・・・なんだか気分が悪くて・・・」


夜になって、かなさんは気分が悪いと訴えて保健室に来た
まあ、当然だよね、僕が調合したあんまり強くない毒を混ぜたご飯を食べたわけだし
あ、食べさせたのは僕じゃなくて、仙蔵や文次郎だよ
僕は調合をしただけだからね


「そうですか・・・うーん・・・休んでれば直るかもしれないですけど、一応薬飲みますか?」
「うん・・・薬貰っても良い?」


僕はちょっと待っててくださいね、といって薬棚から強い睡眠薬を取り出した
何がどこに入っているか、なんてかなさんは知らないからね、堂々と薬を取り出すことができるよ
僕は何食わぬ顔でそれを水と一緒に渡した
彼女はありがとうと笑って、それを飲んだ


「うー・・・苦い・・・」
「良薬口に苦し、ですよ」
「うん・・・そう、なんだけど・・・・・」


ふらり、と体が揺れた
それを受け止めたのは、長次
天井に待機していたのだ
続いて仙蔵と文次郎も降りてきた


「強力なやつを処方しておいたから、ちょっとのことじゃ起きないはずだよ」
「そうか」
「後は連れて行くだけだな」
「・・・あぁ・・・」


文次郎がかなさんを肩にかけて担ぐと、僕らは集合場所へと向かった





さようならの前







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