三つの選択肢


こーん…、


        こーん…、


「………………、」
「……何をしている楓香、早くいんたーほんとやらを押せ。もう10分経ったぞ」
「いやまだ駄目だ、まだ物理的に呪われる」
「はぁ?」


一夜明けての今日。
昨夜、王子が今日に至るまでの経緯と現状を整理した楓香と王子。
昨夜の話し合いでは、今回の事件の元凶である魔術師を倒すためにはとにかく、この世界にいるであろう王子の幼馴染みの魔女を探してからでないといけないらしいという結論に至った。
そしてそのために何かアクションを起こしてみようと議論した結果、魔方陣を再構築してみようという方向で今後の方針が固まったのである。
、と、いうのも。

ーーーーーー…


「はぁ?魔方陣を描き直すゥ!?」
「嗚呼。もしかしたら急いでいたせいで描き漏らしがあったかもしれんからな。
もう一度発動してみて別の場所に繋がるならそれで良し、再度楓香の部屋に移動すれば、魔女は楓香に気付かれぬような対策をして楓香の部屋に空間を繋げた、と結論付けられよう」
「…いやまぁ確かにそうだけどさ。お前、魔方陣完全に覚えてンのかよ?想像するだけで嫌気さすンだけど、複雑そう過ぎて」
「そこはぬかりない。写し描きのメモがある」
「いやにリアルだな。…ンで?それを発動させるための条件とか何とかの具体情報は?」
「そうだな…、とりあえず道具としては魔方陣を描くためのものと…、場としてはそれなりに広い場所。それから…」
「オイ、もっと具体的に言え具体的に。陣を描くためのものって何だよ、それなりに広い場所ってどのくらい広けりゃいいンだ」
「知らん」
「てめぇええぇぇえ…ッ」
「そこら辺はそういうのに詳しい奴に聞け」
「誰も詳しくねぇよ!」
「そいつが魔力を持ってると尚いいな」
「持ってるわけねぇだろうが」
「楓香、そんな奴に心当たりはないか?」
「あってたまるk………」
「…………どうした?」
「……あ、いや、一人…いや二人知ってるかも……」
「よし、案内しろ」
「いやいやいやいや、頼らない方が良いぞ!ただのオカルトマニアだから持ってる知識絶対ガセだし!例え正しい知識持ってたとしても発動出来ねぇから!」
「何故そう言い切れる?駄目で元々、少しでも可能性があるなら…だろう?案内しろ楓香」
「……何でアタシがお前に命令されなきゃなんねぇンだよ」


ーーーーー…

なんて会話がなされたが故だ。
そして楓香たちはそれを実行するべく、同アパートのとある住人の部屋の前にいる。
楓香の心当たりのある人、というのは、実は全て同じアパートに住んでいる人間だったりする。
今回はアパートの住人の、取り分け魔術にどっぷりはまりこんでいるお二方にご助力願おうかと思っている楓香。
まず、この段階に至るまでに、楓香に与えられた選択肢は三つあった。
選択肢一つ目。

同じ階に住む隣の部屋の住人の助けを得る。


ちょっと信じたくないし頼りたくも無いのだけど、
隣の部屋の住人たるお姉さんは少しばかり変わっているおひとで、よく楓香に世を構築する原子がどうのこうのだの、地脈の力がどうたらこうたらなぞといったオカルトじみたお話をしてくれちゃったりする。
普段は全く興味の欠片もない楓香はお話を完全にシャットアウトしてしまうのだけど。
オカルトの話以外では仲良くさせてもらっているせい、比較的信頼関係を築けていることもあって、選択肢な中では一番成功に近そうなお姉さんなのだが。
実はこのお姉さん、残念なことに普段あまり部屋にいらっしゃらないのである。
本日も本日とて例外という訳にはいかず。風に揺れる【勉強中】プレートを思い浮かべた楓香は一つ目の選択肢を消した。
残る選択肢はあと二つ。
選択肢二つ目。

同じ階に住む自称天才発明家の力を借りる。


これは考えてしまったことを全力で後悔しながら、即時却下遂行である。
自称天才発明家のお兄さん否おっさんは、さすが自称しているだけあって、常日頃発明と称して開発した謎の物体を爆発させては騒ぎを起こしまくっているせい、楓香的には極力頼りたくない存在である。
おそらく、私情抜きにして客観的に判断しても、今回一番頼ってはいけない人物であるはず。
…というか、発明じみた実験はしてるけどオカルトに詳しいかどうかわからないし。
仮に聞いてみたとしても、間違った情報をベラベラ言われておしまいな気がする。
二つ目の選択肢も消去。
と、なると、残る選択肢は一つである。
最後の選択肢。

一つ上の階に住むオカルト少女に助力してもらう。


楓香的にはこの選択肢、結構勇気を振り絞って作った最後の選択肢である。
なにせ、この少女とは関わりや面識がほとんどないと言ってもいいほど皆無な楓香。
今田という名の少女とは、出会い頭に笑顔で挨拶できる程度にしか見知っていない。
それ以上でもそれ以下でもないのだ。
そして楓香的に、一番気掛かりなのがこの部屋から響く音。
そして声だ。


こーん…
こーん…


(目覚ましが仕事しなくて寝坊しろ)
(至るところ蚊に刺されて苦しめ)


「(……結構どうでもいい呪いだよな…)」
「…おい楓香、」
「もうちょい待て王子。今彼女はオカルトの儀式してる途中だから邪魔しちゃマズイ」
「何ッ、…まさか日常的に魔術に精通しているとは…、わかった、暫し待とう」
「…はぁ。」


部屋から聞こえる謎の音を聞きながら、楓香はそっとため息をつく。
オカルトの儀式、というよりはどちらかというとただのおまじないに分類されるだろうというのが彼女の儀式だ。
本来なら邪魔したところで何の災厄もないのだとは思うが、今行っている儀式で人を呪っている最中だと思うとちょっと邪魔しにくい。
というか、邪魔したら協力してもらえなくなるんじゃないかな、とか危惧している楓香である。
このアパートの管理人さんいわく、彼女の儀式はちゃんと和服を着たり釘を使ったりと割かし本格的儀式だったりするらしいので、もしかしたら異界に空間を繋げる魔法を発動する際の用具やら何やらも知ってるんじゃないかと言う訳で。
彼女に協力を要請すべく、部屋の前で待ちぼうけを食らっている二人である。


「…暇だ楓香、世間話でもしろ」
「どんな要望だ断る」
「ではどうやってこの暇な時間を潰せと言うのだ」
「だから大人しく待ってろよ」
「…時間が惜しいのだがな。…あ、何なら誠司にでも相談して…」
「あの人はやめなさい」

因みに、誠司と言うのは前述の通りの自称天才発明家の困ったおっさんである。


「…嗚呼そうだ王子、世間話と言えるかどうかはわかんねぇけどさ、」
「何だ、言ってみろ」
「お前さ、前にアタシが公用語で喋ンなッつったのにいつの間にか口調が公用語に戻ってるよな」
「…嗚呼、言われてみれば確かにそうだな。意識的にしてる訳ではないが…やはり日頃の癖が抜けないようだ。…マズイか?」
「や、別にマズくねぇよ。アタシが公用語で喋ンなッつったのは、ご近所さんたちから謎の視線を受けるのを回避したかったからだし。別に痛い子とか思われてなさそうだからもうそのままでいいぞ」
「そうなのか?しかし前に楓香は外ではあまり喋るなと…」
「慣れって怖いよな、あんまし気にならなくなってきた」
「それは何よりだ」
「つかお前、あんま喋ンなッつったのに喋ってるしな」
「仕方ないよな」
「開き直ンな」

こんなことに慣れてしまってるようでは駄目だと、会話をしながら思ってしまった楓香である。


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