ささやかな悪戯
とんとんとんッとハンドルを握る指が叩き出すリズム。
さっきから赤信号にばっか当たっている気がする。
ようやっと青に変わった信号の奥。
わかってるぜ、わかってるンだ。
次の信号も赤だってことは。
「……何だこの赤信号の確率。イジメか?新手のイジメなのか?」
イライラが募りつつある楓香はぼそっと呟く。
もう五連続くらい赤に引っ掛かっている上、隣でテンションが上がりまくっている王子がこの上なくうざったく目を輝かせているものだから。
何というかまぁ、楓香のイライラゲージは順調に溜まりつつある。
「オイ楓香…ッ、今のは何だッ」
「知らねぇよ見てなかった」
「オイ楓香っ、アレは何だっ」
「知らねぇよ見えなかった」
「…オイ楓香、」
「何だよ見えてねぇッての」
「……お前何でこっち見ないンだよ」
「お前はアタシに事故れと言ってンのか」
握る手にはハンドル。
右肩から腰にかけてシートベルト。
時速50q程度で車道を走り抜けて。
つまり楓香は窓にへばりついて外を眺める王子を視界に入れないように運転している最中である。
脇見運転でもしろというのかこの王子は、と言いたくなるほどひっきりなしに話しかけられて、楓香は再びスルースキルを発動させていたりする。
「オイ、俺はこの世界をより良く知ろうと質問してるンだぞ」
「今聞かれても答えらンねぇよ阿呆。
お前今のうちに言っとくけど目的地着いたら黙れよ」
「何でだ」
「何でもだ」
しかし懲りずに窓にへばりつく王子。
車でこれだ、電車にしなくてよかったと心の底から思う。
わざわざ友人に頼み込んで車を借りたかいがあったというものだ。
もし電車に乗ろうものなら、。
電車の窓にへばりついてあれやこれや指差すチャラ男。
………うん、関わりたくない。
相変わらず続く赤信号にイライラしながら、ふと視界のすみで挙がる手に目がいく。
次いで目に入るのは黄色い旗を持ったピンクエプロン先生。
なるほど保育園のお散歩か可愛いなぁ、なんて思いながら眺めていると、ぼそり、隣から届く声。
「…何だあのチビの群れ。何をあんなにゾロゾロと…」
可愛いげのカケラもないがしかし精神年齢が一緒だと思われる王子。
そんな中楓香はふと思う。
あんなにちいちゃい子でも手を挙げて横断歩道を渡れているというのに。
王子が一人で外にでて信号になぞ引っ掛かったら。
………………。
「王子、ヒトツだけ教えてやる」
「何だ。」
若干興味を示した王子に僅かながら罪悪感を覚えつつ。
「あの地面に引いてある白線、横断歩道っていうんだけどよ、」
「嗚呼、あれか」
「あのランプが赤の時は進んじゃいけねぇンだ」
「…ほぅ」
「それでな、見てみろ王子、あのチビたちと女の人を」
「あいつらが何だ」
「いいか覚えとけ、赤が止まれ、青が進んでよし、…そんでもって横断歩道はな、」
それはほんのささやかな、
「手を挙げて渡るモノだ」
―――悪戯のつもり。
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