オカルトお師匠


「…で、私にお話というのは?」


もふりと置かれたふんわり座布団に座って数秒、早速今田が聞いてきた質問に楓香は若干考える。
協力して欲しいことがあるにしても、その内容が稀有過るが故にすぐに言葉が出てこない。
なんて、言えばいいのだろう。
異世界に行きたい?
魔力を貸してくれ、?
何を言ったとしてもきっと、常識人からしてみれば頭が逝ってしまった人だと思われるに違いない。
ましてや、普段そういった話題を全てシャットダウンしてきた楓香ならなおさら、いきなりどうしたんだろうこのこ、みたいな目で見られそうで怖いのだが。


「…実は貴殿に折り入って頼みがあってな。」
「…と、言いますと?」

楓香がなかなか話を切り出さなかったからか否か、隣にいた王子が先に口を開いた。
楓香の隣には、実は心強い人物が座っていたりしたらしい。
大真面目に魔女を探す、頭の逝ってしまったコスプレイヤーことこの王子。
楓香が困ったように視線を向けると、王子は小さく頷いた。
何故頷かれたのかわからない楓香だけど、とりあえずは自分が説明するよりも王子が説明した方が早いし楓香イメージに悪影響がないだろうと結論付けて口を開く。


「いや、実を言うとアタシもよく分からないんだけどさ。
なんかコイツが今田さんの得意分野そうなことに興味持ってたから紹介してやったんだ。そしたら会いたい会いたいうるさくてさ。連れてきちゃったんだけと…、話聞いてやってくれたりしないかな?」


途中で若干王子の視線が刺さった気がしたが全力で無視。
若干言い回しがアレなだけで大体話はあってるはずだから総スルーだ。
楓香の言葉を受けて説明は王子から聞いた方が正確かつ詳しそうだと判断したのか、今田はなるほど、と呟いて、話を促す視線を王子へと向けた。
王子も、今田の意識がこちらへと向いたのを確認してから口を開く。


「…早速で悪いが…、発動して欲しい魔方陣があるんだ。陣自体は手元に構図があるんだが…、必要なものや発動条件がいまいちよく分からなくてな」
「魔方陣…、ですか?」
「空間魔法の一種だ。移動手段によく用いられるものらしいんだが…、発動に魔力と術者の血液が必要だということ以外さっぱりで困っている」
「…陣を、見せて頂いても?」
「嗚呼、構わん。…コレがそうだ」


王子が懐から、折り畳まれた固そうな紙を一枚取り出した。
こういう紙を羊皮紙と呼ぶのだろうか、今さっきこの部屋で見付けた気がするなぁと頭の隅っこで考えながら、早くも初っぱなからついて行けなくなりつつある楓香は広げられた紙を眺めていた。
そこに描いてあったのは、円形の模様。
それこそやっぱり、某錬金術師が使うような魔方陣によく似ていた。
炎とか出てきそうだ。
今田はそれを暫し見つめた後、ぽそりと呟く。


「多分、ですけど、うちのお師匠が発動出来るんじゃないかと思います」
「本当か!!」
「ええ、昔お師匠に見せてもらった魔術書に似たような陣があったので。文字の配列や記号の組み合わせからしても同じ系統の陣のハズですから恐らく…。まぁ、詳しくはお師匠に聞いてみないことにはわからないので断言は出来ませんが」
「それでいい!」

王子の表情がこれ以上ないくらいに分かりやすく輝いた。
きっと王子自身も今田が手がかりになるかどうか不安だったのだろう。
歓喜の表情を浮かべる王子。
だけど、楓香は喜ばない。
逆に、こんなに簡単に話が進んでしまっていいものなのかと疑心にかられているところだ。
……、というか。


「あのさ今田さん、つかぬことを聞いてもいいか?」
「?ええ、構いませんよ?」

突拍子もない質問を投げ掛けて、今田の了解を得た楓香は問う。


「今田さんのお師匠ってさ、遠藤さんだったりしなかったっけ?」
「ええ、そうですよ?」

対し、返答は至極当然のよう。
そして楓香は物事が簡単にいかないということに、若干の安堵を覚えた。
そうだ、そうなんだ。
物事はこんなに簡単には進まない。
遠藤さん、というのは楓香のお隣の部屋のお姉さん。
何時だか説明した通り、普段滅多に家に帰って来ない挙げ句に帰ってきてもすぐ何処かに行ってしまうという、神出鬼没お姉さんである。
お分かり頂けただろうか。
と、いうことはつまり、そういうことなのだ。


「…………あのさぁ今田さん、遠藤さんって今どこにいるんだかはわからないよな?」
「ええ、聞いてませんね」
「因みにいつ戻ってくるとかいうお話は?」
「全く聞かされてないですね。そもそも私とお師匠は常に行動を共にしている訳ではないので、プライベートなことは何一つわかりません」
「………ですよねー。」
「………?楓香、一体どういう…」


苦笑する今田、ため息をつく楓香、そして何が何だかわからない王子。
言外に説明をしろと視線を投じてくる王子の肩に、楓香はぽむっと手を置く。


「王子、今田さんのお師匠に陣の発動を頼むにはまず、お師匠を捕まえるとこから始めなくちゃならんらしい」
「……………なっ、」
「嗚呼ただ、闇雲には探さなくていいぞ、根城はうちの隣の部屋だから一日中張り込んでればいつか帰って来ると思うし」
「……、」


王子の顔から一気に表情が失せた。
何馬鹿なことを言ってるんだお前は、みたいな視線を向けられた楓香はしかし、ふざけている訳でもなく至って本気である。
本当に、遠藤さんというお姉さんはそうまでしないと遭遇困難な人物なのだ。
だからこそ遠藤さんに頼るという選択肢が真っ先に消え失せた。
それでも王子は諦められないのか、再び今田に向き直る。


「イマダ、お前は発動出来ないのか?」

出来ないのか、出来るんだろう、出来ると言ってくれ、という言葉が含まれていることに気付いて今田は申し訳なさそうに眉をへにょりと下げる。


「…すみません、失敗する以前の問題で、私はまだ魔力を会得出来ていないんです。」

瞬時、王子の背後にどんよりとした空気が発生した。
対し、魔力って会得できるものなのかよなんて突っ込もうとした楓香は空気を読んでお口にチャック。

「…そうか、発動に一番重要な魔力がなければ不可能だな…」
「ええ、お力になれなくて申し訳ないです」
「いや、お主のせいじゃない、気にするな」


ひらりと手を振る王子は次に、すくっと立ち上がった。


「お帰りですか?」
「あぁ、用事は済んだからな。また何かわからないことがあったら聞きに来る」
「いつでもいらして下さい」


そのあと二言三言交わして今田の部屋を出た楓香たち。


「…………さぁて、どうするかね。取り敢えず山田さんのところでメシでも食うか?」

気を使うなんてことは滅多にしない楓香だが、こればっかりは気分転換をさせてやらねばと思って見た時計はもうすでに十二時を回る頃。
腹が減った+山田珠代のご飯といったら王子は食いついてくるだろうと思っていたのに。
王子はポツリ、呟く。

「………決めたぞ楓香。」
「…何をだよ」
「…….張り込む。」
「…………………はァ!?」

思わず大きな声を出してしまって楓香は咄嗟に口をふさぐ。

「ち、ちょっと待てお前、あんなの冗談だぞ?真に受けンなよ!つかアタシは諦めろって意味で言ったんだけど」
「そうと決まれば善は急げだ、珠代のところでメシを食ったら張り込みを開始する!行くぞ楓香ッ!」
「ちょ、ッ!」


制止のために伸ばした手は、虚しくも空を切った。
ダダダダダっと階段をかけ下りる音に頭痛を感じて、楓香は頭を抱え込んだ。





厄介なことにはなった、かもしれない。


(絶対手伝ってやらねぇぞ、)
(なんて)
(心に誓った楓香である。)


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