王子レベルアップ


楓香はふと疑問に思った。


「……王子、お前は何でこの世界に来た?魔女がお前の世界にいるという可能性はないのか?」
「ないな。いるとしたらこの世界だ」
「何故そう言い切れる?」
「…魔女は魔術を使って姿を消した。その魔術に必要なのは、魔力、血液、そして魔方陣だ」
「…………魔方陣」


楓香の脳内に浮かぶのは、某錬金術師が使うような円形の模様。


「魔力自体は魔女の兄の力を借りた。あとは血液と、魔女の使った陣を丸々写し取って使った」
「写し取った?それをまんま使ったンじゃねぇのか?」
「本物の陣は魔女が万一戻って来ても対処出来るようにと常に見張られていたからな。そのまま使うということが出来なかったんだ」
「見張られてたなら写しとるのも難しいンじゃねぇの?ましてや陣を発動させるのが牢屋の中で…しかもその陣の跡が牢屋に残ってたらマズいんじゃ?」
「嗚呼、その事なら問題はなかった。陣を発動させたのは牢屋の中じゃなかったからな」
「……ンなことしたら脱獄がバレるだろ」
「いや、一度だけだが正式に牢屋から出されるタイミングがあってな、陣はその時に発動させた」
「…正式に、?」
「そうだ、国交回復記念式典が開かれた時に一度だけ」
「……………?」


いまいちピンとこない楓香は僅かに首を傾げる。



「さっき国政に手を出されている訳ではないと言ったが、正しく言うと我が国にとって不利益になるような変化をもたらされていないだけで、今まで交流の無かった国と面会をするということは何度かされているんだ」
「…………、」
「そしてそのうち魔術師は、国交を広げようと他国と交流会を催してな。
国の代表同士が交流する会で、国王しか出席しないというのがマズイのはわかるか?」
「……嗚呼、」



そういうことか。
王妃と王子が出席しないのはおろか、投獄されていると知れたら確かにマズイだろう。
だから王子は、恐らく王妃と共に一時的に牢屋から出された。
何事もないかのように振る舞うため、他国に何も悟らせないために。


「………どうにも魔術師の意図が読めねぇな」
「同感だ。我が国を陥れたいならむしろ、我が国に有益な国ではなく不利益な国と国交を結べばいいし、内部問題があることを隠す必要はない。
逆に、そんなことがあるから魔術師討伐に向けてなかなか士気が上がらないんだがな。
だからなるべく情報が欲しい。今も引き続き、魔女の一族が情報を探してくれている」
「なるほどなぁ」


何となく大筋を理解した楓香。
なかなかに難しい事情があったようだ。
その後の流れは大体想像できた。


「……ンで、模写した陣を使ってこの部屋に落ちてきた、ッてわけでいいんだな?」
「………その通りだ。…楓香、比較的真面目に訊くが、」
「……言っとくがお前以外に落ちてきた奴はいねぇぞ」



デンジャラス体験は一度すれば十分だ。
比較的真面目に訊いてきた王子に、楓香は比較的真面目に返答する。


「…とにかく、魔女の握ってるかもしれない情報が魔術師討伐に必要だッてンならなるべく早いとこ魔女探さにゃなンねぇな。
もし魔女が情報を持ってなかったとしても、他の手を打つには時間が惜しいだろうし」
「……………いや、」


楓香が魔女探しに少しやる気を出した直後、王子はふるりと首を横に振った。



「確かに急いではいるが正直にいうと魔女の持っている情報は特に必要じゃない。
魔術師が魔女の一族でないということが判明した時点で、虚偽を語った魔術師を討伐対象にする理由には事足りる訳だし…事実、今頃城の奴らが魔術師討伐に向けて動いているだろうからな。
魔術師の目的は捕まえた後に吐かせればいい」
「……………は、?」


…なんというか今までの話の流れをぶっちぎった発言を始めた王子である。
危うく口に運びかけたグラスを落としそうになった楓香。
その視線が明らかに訝しげを帯び始める。


「………じゃあお前何で今魔女探してンだよ」
「魔女が追放されたから、だな。理由もなく追放されたとなれば連れ戻さねばあまりにも不憫だろう」
「…………魔術師の討伐が最優先事項とか言ってなかったか?」
「国としてはな。俺は違う」
「………現在進行形で魔術師の討伐に向けて動いてるンじゃ?」
「城の奴らがな」
「…誰が指揮をとってる?」
「俺だな」
「………その場合、お前が一番城にいなきゃならねーンじゃねぇの?」
「そうだな。だから急いでいる」



王子の中の自己中が、
こんなところで顔を出したらしかった。


「おま、おまッ!よく城の奴ら許したな!」
「魔女の持っている情報が戦いにおいて有利になるかもしれないと力説したからな」
「可能性が低過ぎるだろ!よく城の奴ら許したな!」
「許可は得ていない。後半は振り払って来た」
「最低だなおい!お前指導者に向いてねぇぞ!マジで城の奴ら魔術師討伐に向けて動いてンだろうな!絶対動けてねぇし!」
「何故だ、技術的には不備は」
「士気の問題だ馬鹿野郎!」


ゴチン、
と、持っていたグラスの底を半ば叩き付けるようにして王子の頭に置いた楓香。
ちょっと真剣に協力し始めていただけあって城に残された兵士やら家臣やらが可哀想に思えてきてしまった。
折角魔術師討伐に向けて意気込んでいたところで指揮者が姿を消すとか。
やる気をなくすどころか途方に暮れかねなくはないだろうか。
楓香は額に手を当て項垂れる。



「だ、だから急いでいる…ということは…理解出来たか…?」



呆れてモノが言えないというのはこの事か。
つむじ付近をさすりながらおずおずと聞いてきた王子に楓香は無言の視線を送る。"頭の良いただの馬鹿"を、怯ませるに足る視線を送る。
何だか前途多難を悟った楓香は、やがて王子から視線を外すと山田珠代を呼び寄せた。









楓香の王子阿呆認知度が5上がった。



(これから先が思いやられる)
(楓香が先の苦労を想像してげんなり)
(決めたばかりの禁酒禁煙ぶっちぎり)
(やけ酒を決意した瞬間である)


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