"王子"




「……で、つまるところ結局その魔法使いはどうしたんだ?」
「結局、その後も何度か父を訪ねてやってきた。しかしなかなかその魔法使いを専属魔術師にしようとしない父に魔法使いはついに痺れを切らしてな」


はふり、
思い出して改めて呆れているのか。
言葉を止めた王子に、展開がなんとなく読めた楓香は質問してみる。


「さてはその魔法使い、王様に魔法でもかけて操ったンだろ?」
「…結果的には、な。何でも、魔法をかけやすいように父の心を崩しにかかったそうだ」
「……………?」


うン、?
と、ちょっと首を傾げてわからないアピールをする楓香に王子は更に言葉を続ける。


「俺も詳しくはわからんが、何でも人を操る魔法をかけるには、当人の心を不安定にするのが手っ取り早く且つ成功率が高いんだそうだ。
今までは父や俺の身を案ずるような言葉を吐いて父を惑わせようとしていた魔法使いだが…方向性を変え、"魔女が国家転覆を企む輩の主犯かもしれない"と父にホラを吹き込んできた」


詳しいことはわからないが、と前置きした割には説明に迷いがない。
しかしあまりオカルトを気にすると話がよくわからなくなると判断した楓香は、そこら辺は追及せずにスルーする。
とりあえず、あくまでも現実的観点から話を掴んでみようかと思って。



「…ンなモンすぐバレるンじゃねぇの?」
「………普通ならな。この時は事情が違かったんだ。
…俺や魔女を含め父に親しい者たちで秘密裏に進めていた計画があったんだが…、どういう訳かその魔法使いがそれを知ってしまったらしくてな。魔法使いは父にこう言う」


『王様、どうやらご子息付きの魔女は犯人の可能性が高いようです。
ここ数日、武器屋で火薬を買い占め何やら企んでいる様子。武器を調達したとの情報は御座いませんが、魔術を用いれば武器など不要、火薬のみで十分事足りることでしょう』


「全くもって言いがかりだ。しかし、その事実を知らない父は"魔女"が"火薬を買って""何やら企んでいる"という事実にすっかり騙されてしまう」


困ったように続ける王子の説明に、楓香はちょっぴり違和感を覚える。


「………その、ちょっと待て。お前は何で言いがかりだッて分かるンだ?アタシだって今の話聞いたら何かするんじゃねぇかッて思うけど」


対する王子は怪訝そうにため息をつきつつ、

「…今言ったろう、父に親しい者たちで秘密裏に進めていた計画がある、と。
魔女は俺の専属魔術師、当然そのくくりの中に入る。その計画に参加していた者なら誰でも、魔女がその火薬で何をしようとしていたかわかってたんだ。…だからと言っては難だが…、当たり前に魔法使いの考えに反発する騎士やら召使いもいた。"そんなものは言いがかりだ"と。
しかし結局反発した者が全員反逆者とみなされ地下牢に閉じ込められた」
「何で?根拠は話したんだろ?」


眉を寄せる楓香に、王子はふるふると首を左右に振る。
そして、ぽそり。


「言えるはずがなかった。
その計画は、父の生誕を祝うためのものだったんだからな」


告げる王子は自嘲気味に薄く笑った。
誕生日パーティー。
それは主役に秘密で計画され、サプライズにされることが多い。
全ての準備が整った部屋に何も知らない主役を呼び寄せ、おめでとうの一言から始まる、生まれてきてくれて有難うを伝えるパーティー。
その主役に堂々と、サプライズパーティーの存在を、段取りを、事細かに説明する馬鹿はいない。


「……だから騎士たちは投獄されることも構わず何も言わなかった…ッて?
…アタシはそっちの世界のこととかよくわかんないけど…、いくらなんでもそんなことは…ないんじゃねぇの?事情が事情だしさ」
「本人たちも投獄されるなんて夢にも思わなかったんだろう。
…"何があっても絶対に隠し通せ"という俺の命令を、そんな場面でも守り抜いただけだ」
「………………………、」


でも、だって。
だからと言って投獄されてまで口を割らないというのはどういう了見だろう。
楓香はちょっと考えてみる。
いくら王子の命令だからといって、下手すれば処刑されかねない牢獄に大人しく入る奴がいるだろうか。
自分の地位よりも、自由よりも、命よりも、王子の命令が勝るとでもいうのか。
楓香には理解出来ない。
楓香は王子の命令に素直に従いたくない。
楓香は自分の命と引き換えてまで命令を守りたいとは思わない。
誕生日計画を秘密にしながら魔法使いを倒す策など、召使いはともかく騎士にならいくらでもあったろうに。
…楓香には、理解出来ない。



「…………理解出来ない、とでも思ってるんだろう。同感だ。俺にもあいつらの行動は理解が出来なかった。優先すべきは己の命と、…最近は教えていたはずだったんだがな」


楓香の気持ちに呼応するように、王子は小さくため息をつく。

然も当然のように
目上の者の命令を守り通すのが当たり前だ、

なんて言うものかと思っていた楓香は軽く目を見張った。
そして、今まで微塵も気にしていなかった目の前の男の"王子"という立場を踏まえた上で、今唐突に生じた違和感をぶつけてみる。
一度断りを入れてから。



「……お前ッてさ、そういえば王子なんだなッて話聞いてて今更ながらに思った訳だが。あえて言うぞ?
お前マジで王子なワケ?アタシの中の『王子』ッて、もっと偉そうで傲慢で傲り高ぶってうぜェ奴のイメージなんだけど。家臣の心配とか絶対しなさそうなんだけど」



そんなイメージの"王子"のわりには、この目の前の王子はあまりにも良い子ちゃん過ぎる、というか。
実は王子、思い返してみても、あんなアパートの一角の狭い部屋に押し込められたり命令口調で話しかけられたりしても、これといって目立った暴君っぷりを発揮していなかったりする。

こんな狭い部屋に住めるか!だとか、
俺にむかってその口のきき方はなんだ!とか、

そういった類いの言葉はこの王子の口から出てきてないんじゃないだろうか。
うん、ない。
……まぁ言われたところで従うつもりはないし、ねじ伏せる自信のある楓香であるのだが。
なんか大分イメージ違うよなぁと、腕組みしみじみ王子を観察する楓香。
そんな楓香の言葉をうけて、王子は恥ずかしそうにコホンと咳払いをする。



「イメージ通りじゃなくて悪かったな、
…と、いうのは違うか。…自慢じゃないが、昔は俺もお前のイメージ通り暴君だった。我が儘放題やりたい放題、つい最近までは家臣は俺らに従うのが当たり前だと思ってた。
気に入らなかったら水をぶっかけてたこともあったし、…クビなんて言葉は何回口に出したかッてくらいな」


自慢じゃないが、なんて前置き通り、真面目な話で自慢じゃない。
そんな時期があったんだへぇーなんて、話を切り出しておいて他人事な楓香は、しかし目の前の王子で暴君のイメージが出来なくて、首を傾げる。


「………だとしたらお前、丸くなりすぎじゃね?」
「…そうだな。振り返っても昔の自分には嫌悪感しか抱けないくらいにはマシになったとは思うが」
「………相当だな」


こほんと咳払いをして、
だからこそ、と、話しに区切りをつけた王子は話題を元に戻す。


「そんな訳だから、俺には暴君だった俺の命令を、身を危うくしてまで守り通した奴らの理解が出来ない。
そうまでして、俺の命令に守り通す価値なんてなかったハズなのにな」



グラスに入った氷が溶けて、カランと哀しげな音を響かせた。




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