夜這い犯(仮)
しなしながら、不可解な点がある。
この夜這い犯(仮)、部屋の住人が暴れているというのに一向に手立てを打ってくる様子がない。
普通ならガムテープやら何やらで口を塞いだり頭を殴って気絶させたりしてもよさそうなものなのだが。
……いやいや、気絶させられてもこまるけれども。
例えばこのまま暴れていれば、夜中といえど隣の住人が異変に気付いてしまいそうである。
だが、それでも夜這い犯(仮)は手首への圧を少し強めて、黙れの一言を発するだけにとどまる。
それ以上何のモーションもない夜這い犯(仮)。
楓香は、今更ながら僅かに違和感を覚える。
コイツはここに何をしに来た?
抵抗を最小限にとどめ、楓香は不審者に声をかけてみる。
「…オィ、…アンタ、この部屋に何しに来たワケ?泥棒?」
「……金が目的ではない」
は、?
と、楓香の頭上にいくつもの疑問符が浮かび上がる。
金が目的じゃない?
なら何が目的だ。
「………じゃあ何で、」
返答の代わりに、手首への圧が少しだけ緩んだ気がした。
「オィ、オィ夜這い犯(仮)?」
「…………、」
しかし少し身動ぐだけで途端に手首への圧を強め、相変わらずこちらを拘束し続ける夜這い犯(仮)。
金が目的じゃないなら、やはり目的は夜這いか。
それではやっぱり可哀想にと楓香は思う。
楓香以上に夜這い標的に値しない女なぞいるまい。
ハッ、と、自嘲気味に笑みをもらして。
相も変わらず夜這い犯(仮は)拘束する以上は危害を加えてくる気配がない。
楓香は抵抗を止めて小さくため息をつく。
「…とりあえず退いてみようじゃないか夜這い犯(仮)、もしアンタが夜這いとか泥棒とか強盗とかの類いじゃないならアタシの勘違いだ、暴れないから尚更退いてくれ。例え泥棒でも通報しないから退いてくれ」
とりあえず退いてほしい旨を伝える楓香。
しかし夜這い犯(仮)は素直に言うことを聞いてくれない。
楓香の言うことを信じるべきか信じないべきか、真剣に悩んでいる様子である。
気まずい沈黙。
楓香はこういう沈黙が苦手だ。
見知った相手との沈黙は比較的好ましくはあるものの、知らない相手との沈黙は好ましくない。
居心地が悪くなって、楓香はまたもやため息混じりに口を開く。
「…わかった、信じて貰えないならそれでいい。だからせめてここに来た理由か要望を教えてくれ、出来ることはしようじゃないか」
すると若干緩む拘束。
短い沈黙が流れたが、ようやっと口を開く気配があった。
「……お前、この小部屋の主か…?」
「…ぁン、?あぁ、そうだけど…」
あるじ、なんて大層なモノじゃないが。
つか小部屋て。
小部屋て、失礼すぎやしないだろうか。
耳に届く言葉に眉をしかめていると、それまで黙っていた夜這い犯(仮)の口からハッと小さく苦笑が漏れる。
「……実は協力して欲しいことがあるのだが」
「…へぇ、いいよ、犯罪とかに手を貸さない程度の協力だったら」
そう、返事をすると安堵のようなため息が背後で聞こえた。
そして、彼はこう続ける。
「即座の返答、感謝する。
想像していたより心の広い御仁であったのだな。体つきやら声やらから女かと思うたのだが…、……男、であったか」
「なッ」
失礼した、と、手首への拘束が解かれると共に呟かれた言葉。
悪気はないのだろう、というかもちろんそれは今までの楓香の言動から考えれば妥当な推測ではあるのだけれど。
ぎゅッ、と、楓香の拳がかたく握られる。
それは、知り合いに言われるのならば構わない言葉だ。
しかし見ず知らずの夜這い犯(仮)に言われるとたいそうムカつく言葉である。
むくり起き上がって振り向き様、視線が合うよりも先。
怒りに震えた楓香の鉄拳が背後にいた不審者にクリーンヒットした。
「アタシは女だ――ッ!!!」
―――佐倉楓香、20歳。
名前の可愛らしさからはかけ離れた中性的顔立ちの、
自分の道を突き進む女子大生である。
よォし、覚悟しろ。
(今すぐ警察に通報して)
(不法侵入でも傷害罪でも何だっていい、)
(お巡りさンに捕まえて貰おう)
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