禁煙禁酒習慣


「おい…、おい、起きろ小部屋の主」
「そんな名前じゃねぇよ話しかけんな、アタシは今全身全霊をかけて夢から覚めようとしているんだ」
「何を馬鹿な事を」
「いいから寝かせてくれ頼むから」
「断る、昨晩の不意打ちの暴挙ですらこの我が寛大な心で我慢してやっておるのだ、貴様の我が儘はもう聞けぬ」
「ワガママじゃねぇよ、死活問題なんだよ、今アタシは世間一般の常識力を試されてンだカミサマに。頼むから邪魔すんな」
「我の知ったことか」
「知る努力をしろ、さもなくば二次元に帰れ」
「だから魔女を探さねば」
「知らねぇッてンだろ止めろ起こすな」


全身全霊を込めて拒絶の意。
しかしここで食い下がる王子ではない。
毛布を掴んで頭まで引き上げているその指を、丁寧に一本ずつはがしていく。


「おぃコラお前、アタシの睡眠妨害すんな」
「貴様こそ、我の貴重な時間を無駄にするな」
「だからさっさと探しに行けって、玄関の鍵は内側からだったらすんなりと開くから」
「小部屋から出たところで我には魔女を探す術がない」
「警察署にでも行ってこい、そして逆に職質された挙げ句不法侵入とかで捕まれ」
「…我には貴様の言っていることが甚だ理解出来ない」
「…考えるな、体験してこい」
「いや、そんなことはどうでもいい」
「いやどうでもよくねぇよ」
「とにかく魔女を探さねば我は国に帰れぬ」
「あっそ、」
「…………、」
「…で?」
「手伝え」
「断る」
「何故だ」
「考えろよ、人に頼るな」
「人に頼らずしてこのような大業こなせぬ」
「だから警察に頼めよ、お巡りさんに会ってこいよ。人探しなら普通警察だろ」
「…………ふむ、…けいさつ、?」
「……つっこまない、つっこまないからな」
「…その、けいさつとやらは何処にいる?」
「駅の方面に行きゃわかる」
「えき、とやらは何処だ」
「……ここを出て、左手に進んで突き当たりのコンビニを右に」
「こんび、に」
「……………………」
「まぁいい、こんびにとやらが目印だな」
「…ああ、」
「それを右に曲がる」
「そうだ」
「して、そのこんびにとやらは具体的にどんな形をしている?」
「……………………」


レイヤーの皆さん、皆さんは全員ここまで無知を貫き通すものなんでしょうか。
だとしたら絶対コスプレ会場の近くには行きたくないなぁとか思ったりして。


「…聞き方が悪かったな、では質問を変えよう。そのこんびにとやらは何をするところだ?たどり着けばこんびにと表記してあるのか?」

呆気に取られる、というか心底呆れている楓香が思考停止していると、王子は何を思ったのか質問を変えてきた。
コイツこのやろう、と、楓香は内心でぼそりと呟く。
どうやら王子、楓香が質問の意味を理解出来てないと思ってるらしい。
ささやかな親切心で質問を変えた王子の優しさはむなしく、楓香の中で嫌みに再構成される。


「いや質問は悪くねぇし始めの質問も理解出来てるッつーの、馬鹿にすんな」
「馬鹿にした訳ではない。貴様が急に黙った故我の質問が難しかったのかと」
「だから何でそうなった。
つかコンビニもわかんねぇ奴が警察たどり着けンのかよ、嫌だからな道案内とか」
「…では、貴様は我に見知らぬ地でさまよえと言うのか」
「やっぱりたどり着く自信なかったンだな」
「当たり前だ、だから手伝えと」
「断固拒否する」
「何故だ」
「手伝ってやる理由がない」
「目の前で困っている人間が手伝ってくれと頼んでいるのにか?」
「………手伝えと偉そうに言われた覚えはあるが、頼まれた覚えはない」
「ではどうすればいいのだ」
「諦めて自力で警察探しに行けよ、そこらへん歩ってればご近所さんが助けてくれるよ」
「我は貴様に」
「あーあーあーあーあー」


ぶぶぶっと、布団の中で左右に首を振って。
暫くの間の後、ふぅ、と小さくため息が聞こえた。
…諦めて、くれただろうか。
悪いことをしている自覚はあるのだが、救いの手の伸ばしようがないというか。
まず二次元王子の素性がわからないので協力のしようがない。
協力しようという気にさせてもらえないあの口調も問題だとは思うのだが…、
その間にもひたすらに"小部屋の主"を連呼される楓香。
……まぁ、二次元に帰るための用具を用意する手伝いくらいなら、してやらないこともないのだけど。



「……楓香、」


ぴくん、
そのとき小さく、本当に小さく名前を呼ばれた。


「…お前以外に、…頼れる奴なんか…、」


それは今までのどこか小馬鹿にしたような態度ではなく、楓香に向かって発せられた言葉というよりは、むしろ独り言のようにこぼれた言葉で。
ついでに言えばそれはもう切実に訴えるような、祈るような声音だったり。
声のトーンが、落ちる。



「頼む、…楓香」
「………………、」


もう一度、今度はしっかり聞こえるように呼ばれる名前。
楓香はどう返せばいいのだろう。
人探しなら警察に頼れよ、とも思うが、何故だか赤の他人でもこんな風に便りにされては無下にできないというか。
今までとは一変して、協力してあげたいと思ってしまう楓香は優しいのか、あるいは末期なのか。
それとも俗に言うストックホルム症候群とかいうやつなのか。
流れる沈黙。
楓香は沈黙が嫌いだ。
それも、真剣味を帯びたような雰囲気の沈黙は特に。
とりあえず、名前を呼んでやらねばと。
…長ったらしい名前だったのは覚えてる。
頭文字はAだったはずだ。


……たしか、



「……………アルフェニックス…、」
「…誰だ
「…あれ、アルフェニックスじゃなかったっけか名前」
「どこをどうしてそうなった」
「え、お前の名前アから始まらなかったッけ?」
アラルドだ
昨晩我に名を聞いたのは誰だかすらも忘れたのか貴様は。というかよくそんな長ったらしい偽名が出てきたな」
「いや悪ィ、王子やらレイヤーやらとしか呼ばなかったせい聞いたハズの名が脳内迷子でだな」
「名乗らせたなら覚えろ」
「すまん」



シリアスムードがぶち壊れた。
楓香はしんみりした雰囲気が嫌いなのでそれはそれでいいのだが、この場から真剣味というものがログアウトした気がする。
まぁそれを目的としていたわけであるけれど、協力してやろうという気までログアウトしなければいいなと思いつつ、楓香は仕方なしに被っていた布団から出て頭を掻く。



「……………あ゙ー…もぅしゃーねェな。お前放っとくといつまでもいつまでもうるせぇし、
…可哀想な二次元駄王子のためにちょっとばかし協力してやるよ有難く思いやがれてめェ」


けッ、と、
思いっきり悪態をついてやる。
すると、まさかとでも言いたげに表情が変化する王子。
内心では諦めていたのだろう、険しかった表情が幾分か柔らかくなる。
そんなに喜ばれるとは。
楓香のココロもちょっぴりほっこりする。
こうなりゃ乗りかかった船だ、とことん付き合ってやろうじゃないか。
歓喜にあまって宜しく頼むと手を差し出してきたアラルドに苦笑しながらも、楓香は自然に手を伸ばすことができた。






とりあえず手始めに、


(今日から暫く禁煙禁酒が決定した)
(酒飲みヘヴィースモーカー楓香である)


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