逃走発覚(3/3)
カツンカツンカツンカツン、
規則正しく響く足音は一人の人間が生み出すもの。
本屋、Classical Stylの店主、店長と呼ばれるその男は、地下の奥へと伸びる通路を歩いていた。
白熱灯に照らされる髪は、白くも蒼くも、時折紫じみた色合いを見せながらも歩調にあわせてゆらゆら揺れる。
光の反射でレンズが光り、眼鏡の奥の瞳は伺い知れない。
抱える書類は束を成し、文字の羅列に嫌気がさしてしまいそうだ。
彼の役職は"監視屋"。
物語の中の人物の動向を監視する役目。
店長と呼ばれるその男の、名前は誰も知らなかった。
キィィイ、
音をたてて開いたのは、先程麻子たちを送り出した薫や千影がいる部屋の扉だ。
カタタタタと響いていたキーボードの音が途切れ、不意に中の二人が入り口の方へと顔を向ける。
「あ、店長。お疲れ様です、………あれ、セーヤさんは?」
「お疲れ様です、薫くん。彼なら後からすぐに来ますよ。
…千影君、三人の様子はどうですか?」
「今し方"通路"を抜けたところです、麻子ちゃんもココロを囚われることなく進めたみたいですよ」
「そうですか、何よりです。
……時間がありませんね…、この子を無くすと時間も人手も惜しい。麻子さんには成功してほしいのが本音ですが…、」
「……まぁ、晴輝先輩も千歳先輩もついていますし…、麻子ちゃん自身にも然したる不安要素は見当たりません、…一応順調ですよ?」
「あとは実践を…、物語で場数を踏んで……、嗚呼、星野君のところで過去の事例を見てみるのも手ですね…。
…あの子がココロを開いてくれるといいのですが」
「そうですね…」
淡々と交わされる会話は、はたしてどういう意味なのか。
書類に混ざって持ち込まれた一冊の絵本。
表紙の少女は一本の切れたミサンガを両手で大事そうに包みながら、遥か頭上の月を見上げている。
「……………あ。」
不意に、カタタタタタタタと、
滑らかに動いていた指がキーボードを叩く動作をやめた。
わりと大きめに呟かれた言葉は静かな空間に響く。
ぴくりと反応した店長は、声の主である薫へと視線を送る。
「………どうかしましたか?」
「……あー…はい、どうかしました。……非常に言い難いんですが…」
モニターを見ながら口ごもるオペレーターに、店主は僅かに眉を寄せる。
「双子がいません、」
どこか呆れのにじんだため息と共に告げられた内容は、その場にいたオペレーター以外の二人にもため息をつかせた。
とある男はこめかみをおさえ、
とある男は笑っていない笑みを浮かべる。
その感情の矛先は確実にオペレーターに向けられたものではないのだが、なぜか身のすくむ思いをする彼である。
「…………どうしましょう店長」
「………どうにもこうにも、笑い事じゃありませんねぇ。
ドアが開かないとなると最悪三人にはこちらに引き返してもらうしか…」
「ドアは開いてます、双子は中みたいです」
「…………………、」
キィと椅子を動かして、モニターを此方に向けてくれる彼に誘われるよう画面に目を向ける。
そして。
その目が扉を潜り抜ける三人を目撃したならば。
なんだそういうことかやれやれ、
とでもテロップが出そうなほど、にっこりとした顔を浮かべる店長。
そして彼は続けざま、迷うことなく指示を出す。
「三人に連絡を。お仕事をヒトツ増やしましょう」
「ラジャ」
カタタタタンッ、
キーを弾く音が響く。
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