バンビ氏(1/4)


「じゃあ、ざっと道具の説明をしようか。新入りちゃんお名前は?」
「あ、一ノ瀬麻子です」
「おっけー麻子ちゃん。俺は小鹿薫、薫くんッて呼んでくれて構わないから」
「バンビでいいぞ麻子」
「先輩はバンビを広めないで下さい」


からかうように飛んできた言葉に対応するかの如くキッパリ拒否の言葉が飛び出た。
バンビ、という可愛らしいあだ名がついているらしい彼だが、本人はどうやら気に入っていないようだ。
心中を察してやらねば。
何故だかそんな使命感にかられた麻子は、バンビではなく、薫くん、と許可をとって呼んでみる。
すると見るからに嬉しそうに彼の表情が綻んだ。
…彼もまた、晴輝と同じように無邪気に笑うものだ。
なんというか、あだ名と相まって可愛い。
くすりと小さく笑みを溢すと薫の眉がへにょっと下がった。



「バンビ、でも構わないんだけどね。
…さぁさ、お仕事だよ麻子ちゃん。今回の絵本はずばり赤ずきん、お使いを遂行させてあげてきてね」

話に区切りをつけるようにぱんと手を鳴らした薫。
お仕事だよ、と手渡されたのは3つの小物だった。
懐中時計と、イヤリング、ブレスレット。
イヤリングは片耳用なのか片方しかない。
…一体何に必要なのだろう。
ふと何気なく小物に視線を投じてみる。
そして、視線が懐中時計にぶつかると、ちょっとした違和感に思わず眉が寄る。
この懐中時計、変だ。
針が長針しかない。
時計を見たまま固まった麻子を見たのか薫が麻子の肩にぽんと手を置く。



「その懐中時計は絵本の中に入っていられる制限時間を示すモノだよ。
時計の針が一周するまでの間に絵本から出てこなくちゃ君も次から絵本の登場人物に組み込まれちゃうから気を付けてね」


………。
………………。
さらり、と、
何かトンでもないことを口走った小鹿くんである。
先ほどまでの説明にそんなアブナイお話はなかったわけなのだが。
それってもしや何を説明するよりも先に一番しなきゃいけない説明なんじゃなかろうか。
ありったけの主張を込めた意味あり気な視線をじとりと向けて、
思いの外ずさんな扱いに麻子はいろいろ通り越して呆れてしまいそう。


「針の進み具合は物語によって違う。……今回はそんなに猶予が無さそうだな」
「そうですね、針が長い」


ジト目麻子を尻目に千歳はぽそりと呟いた。
それに呼応するように対する薫はこくりと頷く。
…どうやら麻子の反応は無視の方向で決まったらしい。
いろいろ突っ込み所は満載だけどまぁ麻子が大人になろう。
今はそうでない。
会話の最中に出てきた単語、
針が長い、とは。
麻子が無言で眉をしかめていると、それに気付いた晴輝がその問いに答えてくれた。


「その懐中時計な、物語のリミットにあわせて針の長さが変わるんだ。
長針だと一周回るのが早い、逆に短針だと回るのに時間がかかるッて具合にな」
「それはイコール修正の難易度と言っても過言じゃないんだ。短時間で済んじゃう修正だから針が長いッてことはそれだけ簡単に仕事が済むってことだよ」


懐中時計の説明は以上、
途中参戦してきた薫がそう締めくくって、有無を言わさぬ勢いで次にと指を指したのは、麻子の固く握られる手だ。
その手に握られていたのは残りの2つ、花と蝶を模した派手すぎないイヤリングと、これまた蝶やら葉っぱやらのあしらわれたブレスレット。
普段飾りものに全く関心のない麻子はそういったものになれてない。
受け取ったまま耳腕に着けず握っていると、麻子を見て薫が小さく笑った。


「あはは、お気に召さなかったかな。ごめんねー俺女の子が喜ぶモノってあんまり詳しくないんだ」
「え、?あ、いや別にその」
「ンだ、やっぱそれお前が選んだのか」
「そりゃー俺の可愛い後輩のためですから」
「同級生だろ」
「やだなぁバイトのッてことですよ」
「…どうでもいいから早く説明してやれ」


うっかり雑談に入りかける二人。
制してくれたのは呆れた様子の千歳だ。


「今度、好きなデザイン教えてよ。新しく作り替えるからさ」
「え…、あ、いや全然!むしろ凄く可愛く…、あたしに似合うかなー…って」
「似合う、と思って選んだんだけど…つけてごらんよ。絶対可愛いから」


貸して、と手の中のイヤリングを引ったくられて数秒、薫の手が麻子の耳に触れた。


「ひ…ッ!?」
「ちょっと我慢しててね、つけたげるから」


本人には全くもって悪気はないんだとは思う、が。
こちとら曲がりなりにしろ女の子であるわけなので、耳の横でさわさわ動かれるとどうしてもドキドキしてしまうわけである。
天然たらし、とはまさに薫のことをいうのだろう、不覚にもドキッと鼓動が高鳴った。
もちろん見るからに彼にはそんなことを気にしたふうはない。
むしろ恐ろしいくらい手際よくイヤリングを装着し終えると、なに食わぬ顔で今度はブレスレットをかっさらった。





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