強制連行2(5/5)




「……例えば、の話な。
お前、…いくつかの絵本に対して違和感抱いてたりすンじゃねぇか?」



質問を受けて、僅かにぴくりと反応したのは掴まれたままの麻子の腕だ。
その反応に、彼は気付いているのか気付いていないのか。
続けざまに口を開く。


「…そんでもって。その違和感を解消すべく翻弄した結果、あることに気付いた…とか」


続く言葉にハッとなった。
勢いよく顔を上げた麻子は、その視線の先でえらく整った顔に見詰められていることに気付いた。
彼はそれでも何を言うでもなく、そのまま質問を続ける。



「…更にはこの世に幾つか、お前の知ってるものと違う物語があることに気付いた、とか」


…それが確信の含まれた問いだった、…って、気付いたのがこの時だ。
質問なんてするまでもなく。
だって見つめる瞳の何処にも揺らぎの色がみえない。
気になって後ろを見ても、長髪の彼も静かに麻子の返答を待っている。
そこに不安げな気配はない。
むしろそこにあるのは、確信に満ち溢れた瞳。
まるで、返ってくる言葉がわかりきっているとでもいうような、そんな力強い瞳だ。


……そう、か、
彼は、彼らは麻子の答えを知っているのだ。
麻子よりも詳しく、麻子の身の回りの現状を知っている。
何が起こっているのかを知っている。
こんなふうに接触し、堂々と本屋から他人を拉致して、逃げる麻子を追いかけ回したのも。
麻子が、今何が起こっているのかを知りたがってるのを知っているからだ。
おそらく彼らは麻子と同じく絵本の変化に気付いている。
ならば、。
彼らは知っているのだろうか、絵本が変わってしまった理由を、
その、対処法を。


「あの、」
「…おっと、ホラあれだ。」


口を開くとすぐ、ハッと気付いたように呟かれた言葉で遮られる。
顔を上げた先、指差された方向にあったのはなかなかに古びた本屋さんだった。
入り口の上に設置された看板は異様に古めかしくて、いろいろ錆びたり褪せたり風化している。
くらしっく、と、読めなくはない店名だが、はたしてそれで合っているのか。
視線を下に落とせば窓から若干中が見える。
アンティーク調の雰囲気満載、古めかしいそれにはちょびっと興味がわいた。
…それゆえ余計に店名が、気になるのだけど。
食い入るように看板を見詰めて文字解読に勤しむ麻子の肩に誰かの手が乗る。
驚いて振り向くと、笑みを浮かべた黒髪の彼がいた。


「何だお前、英語読めないのか」


何故か満面の笑みで問いかけてくる彼。
なんだかその表情がひたすらにムカつくのだが、まぁ我慢するとして。
風化している上、色々アルファベットが抜け落ちている看板はさっきも言ったが読めそうで読めない。
英語を読める読めないの問題じゃあないとは思うものの、また読めないことに変わりないのも事実。
だけど認めるのも癪である。
しかしそのまま黙りこくっていたらば、黒髪の彼のニヤニヤがだんだんエスカレートしていく。
それはまさに、認めろよ、的な雰囲気が満載の笑みで。


「読めねぇンだろ?」


こんなにもムカつく微笑みを見たのは初めてな気がする。
悔しがる麻子の反応はもう、答えを言っているようなものだけど。
諦めてぽそり、その言葉の前に文字が風化していて、だとか文字が所々ないので、とかいう諸々を含ませて、


「読め、ません」

もそっと呟いてみる。
すると一体どういう原理か、黒髪の彼の、恐ろしく綺麗に整った顔がへにょっと歪んだ。
あ、わかるぞこれ。
笑いを堪えてる。



「……ッ、おまっ」

軽く握った拳が口元、笑みを浮かべる唇を隠す為に持ち上げられる。
なんだ。
笑いたきゃ笑うがいいさ、読めないものは仕方ないんだもの。
尚もくすくす聞こえる声に口角がぴくり。
初対面で全く以て関係がない人だけれど、ちょっとだけなら殴ってもいいかしら。
なんて。


「…Classical Style」


物騒かつ失礼極まりないことを考えていると、それまで煩いだとか黙れだとかしか言葉を発しなかった長髪の彼が徐に口を開いた。
くらしかるすたいる、
と、小さく復唱して、


「この店の名前だ Classical Style」

興味なさそうな瞳がついと麻子の目を射抜いて後ろ、後方の黒髪の彼に言葉がバトンタッチする。


「扱うものはそうだなー…本屋だから本だな。そん中でも雑誌だとか論文だとかいう堅っ苦しいモンじゃなくて、童話だとか諸々の物語だとか、ファンタジックな絵本の部類しかおいてないけど」

まぁ入れよ。
なんて頭をぐしゃりと撫でられて、取り敢えずこくりと頷く。


本屋さん。

それは麻子が小さい頃に憧れていた場所であり、大好きだった本が沢山おいてあるところである。
再度小さく店名を呟いて、どうだ、怪しげな事務所とかじゃねェしひとまず安心だろ?、なんて発する彼の言葉に、も一度小さく頷いて見せた。



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