衝突事故(3/5)




「…はぁっ、はぁっ、は…っ」



上がる呼吸を必死で整えて。
……疲れた。
それはもう本気で疲れた。
今はちょっと撒けた感じだけど、僅かに遠くの方から「どこ行きやがったコラァァアアア!!」とかいう叫びが聞こえてきているあたり、彼は全然諦めていない様子。
挑発したのがまずかったんだとは思うが。
まぁ後悔はしていない。
暫く住宅地の曲がり角やら何やらで身を隠して、未だに自分を探す声が徐々に遠退いていくのを確認する麻子。
段々と遠ざかっていく叫び声に安堵を覚え、ホッと一息つく。
…逃げなきゃ。
まだ安心はできないのだ。
ちょっと休んだおかげで息も整えることができたし、麻子はまた動き出す。
目指すは声がする方とは逆方向、、



「そこまでだ」
「え、」


ぽん、と、肩に乗る手。
思わず素頓狂な声が口をついて出た。
驚き振り向くと、そこにいたのは長髪の彼。


…………、
うあ。
忘れてた。
いないなぁとは思っていたけど、
そうだこいつらは、


二人。



「うわぁぁぁあああ!!!」
「ぉ、おい…ッ!」


ぐりんと腕を大きく回して肩に乗る手を回避。
そしてまたもや素晴らしいスターティングで猛ダッシュを始める麻子。
ちくしょう。
一難去ってまた一難とはまさにこのこと。
2対1なんて卑怯だ。
しかも仮にもオンナノコと男二人だ。
卑怯だ。
ちくしょう。
なんて、いろいろ考えながら素早い回転で前に出す足。
タッタッタッタッと繰り出すリズムが小刻みなのは彼らに比べて足が短いせい。
どうやって逃げようか、
麻子の頭は今それでいっぱい。
このまま逃げても長髪の彼に捕まるし、あっちに行けば黒髪の彼と遭遇する。
どうしよう。
頭の中はいっぱいいっぱい。
だからといっちゃなんだけど、
住宅地で自転車を走行してる奴とぶつかりそうになったりだとか、段差につまずきそうになったりだとか、そんなことを気にする余裕なんてなくて。
前方右手、すぐそこの角を曲がった先に人がいることにも気付かなかった。


「うわッ」
「ぅえあッ!?」


バサっ、
何かの落ちる音がした。
ぶつかった拍子に後方に尻餅をついた麻子は呑み込めない状況に困惑して、ふと前方に目をやる。


「痛たたた…、…嗚呼、吹っ飛ばしちゃったね、…君大丈夫?」


スッと視界に影が落ちた。
目の前にはすっくと立ち上がって手を差し伸べる人影。
見ればそこにいたのは茶髪のお兄さんで、顔には苦笑が浮かんでいた。
丁度良く響く低い声は耳に心地良い。
誰だろうと考えて数秒、ハッと閃く。
恐らく彼は今麻子がぶつかってしまった人だ。
原因は麻子の前方不注意。


「うわわすみませんごめんなさい!!」



バッと勢いよく立ち上がって、これまた勢いよく頭を下げる。
対する茶髪のお兄さんは慌てる麻子の様子にくすすと笑って見せた。


「怪我はない、…っぽいね。よかった」
「本当にすみませんっ、ちょっと急いでいたので…」
「気にしないで大丈夫、どうってことないからさ」
「でも、」


にっこり笑うお兄さんの周りにはぶつかったせいで散らばった紙が散乱していたりして。
さすがに放置して逃げられるわけもなく、麻子はしゃがんで紙を集め始めた。
そんなに数はないから拾ってから逃げても問題はない、、、はず。


「あ、いいよいいよ自分で拾うから、…急いでるんでしょ?」
「大丈夫です、これを拾う時間くらいはあります!…多分ッ!」


多分を強調したのはだんだん「どこ行きやがったコラァァアアア!!!」が近付いてきているのに気付いてしまったからだ。
さかさか紙を集めて、…順番はまぁ、申し訳ないがお兄さんに任せるとしよう。
申し訳程度に紙の束をまとめてお兄さんに手渡す。


「足りない紙とか、ありませんか?」
「…ひーふーみー…っと、うん、大丈夫だ。急いでるのにわざわざ有難う」
「ぶつかったあたしが悪いですからッ」



にっこりと笑んで、

「じゃああたしはこれd「見付けたぞコラァァアアア!!!」すみません行きますごめんなさいッ!!!」



ナイスタイミングで現れた黒髪の彼から逃げるように、お兄さんに頭を下げてから麻子はそのまま衝突現場から再び猛ダッシュを開始するのだった。




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