店長。(1/6)
「―…で、入学したての女の子を拉致して来た、と?」
「拉致じゃねェ。勧誘だ勧誘」
「…そうですか。また素晴らしく強引な勧誘ですねぇ晴輝君」
「俺らしいだろ」
「晴輝、褒めてない」
「るッせ、テメーも同罪だボケ」
「…、この女も無事バイトが見付かった訳だ。結果オーライだと思え」
「あっさり手のひら返してんなよお前」
「何のことだか」


カラン、と、出されたグラスに入れられた氷が僅かに音をたてる。
現在午後3時50分。
強制連行されてから大体一時間半ほどたった時刻である。
車通りの比較的少ない道路に面した古びた本屋、実は喫茶店ですなんていっても全然バレなさそうな本屋。
そんな本屋の一角で。
拉致被害者一ノ瀬麻子は今更ながらに履歴書にペンを走らせている。



「…しかしまぁ、いつかはやるかもと思っていましたが…。まさか本当に女の子を拉致するとは…」
「だから拉致ッてねぇンだッて。な」
「…………はぁ。」
「ホラ見ろ店長」
「……晴輝君、…知ってますか」
「それ恐らく強要だな」
「お前はどっちの見方だ千歳ェ!!!」
「場合に因りけり。俺は保身に走る」
「てめッ」
「…嗚呼、お二方。ちょっと黙ってて下さい」


ちらりと向けられる視線に丸まっていた背中がしゃんと伸びる。
どうやら履歴書を書き終わったのに気付いたらしい店長。
手渡したそれと、麻子とを交互に見てにやりと笑う。


「…どうだ監視屋、」
「………なるほど、なかなか良い子を拉致してきましたね。…前回の二人と比べるのもアレですが」
「だから拉致じゃねぇッて!」
「はいはい、普通の良い子を勧誘してきましたね晴輝君。…これならあの子も心を開いてくれるかもしれません」


千歳の問いにこくり頷く店長。
あの子、とは一体誰のことだろう。
と、いうかその前、監視屋とは。
わからない単語がありすぎて首を傾げる麻子に、店長は何本か指を立てた。



「一ノ瀬、麻子さんですね。今回、貴女を雇うに至ったのには幾つかの理由があります。一つは…わかりますね?」


投げ掛けられた質問にこくりとヒトツ頷いて。
それは今までの会話の中から推測出来る。恐らくは絵本の異変に気付いたからだろう。
他のひとが気付かなかったことに気付くことの出来るチカラがあるから。
その答えに店長は"お見事"とちいさく頷く。


「そうです、貴女は絵本の物語が変わっていることに気付くことが出来た。
…それはそういうチカラがあるからです。ここではそういう人たちを雇っています」

隣に控える晴輝と千歳に視線を投じて意味ありげな笑みを浮かべる店長。
その様子を見て、やっぱり二人も同じチカラを持っていたのかと麻子は内心で僅かに安堵する。


「ここでのお仕事はお分かりですね?…狂った物語を元に戻すこと。ただそれだけです」


それだけ、なんていう店長だけれども。
それだけのことが大変なんですよ、なんて言葉が隠れている。
にこりと笑う店長は不意に晴輝に視線を投じた。



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