千歳さん。(4/4)




「あいつはな、とんでもなく阿呆だ」


なんて言葉から始まった千歳さん紹介である。
は、と聞き返してその先、にやりと悪戯に笑む表情に視線を投じる。


「あの野郎は阿呆だから自分のことしか考えらんねぇンだ。だから責任転嫁は勿論のこと、人に面倒事を押し付けたりする能力に長けてる。…頭は認めたくねぇけど良い。頭は良いが代わりによく難しい言葉で人のこと馬鹿にしてくッからそこだけがムカつくんだけどな。
お前も見ただろ?自己紹介しろッつったのに俺に任せて部屋に戻っていきやがった。…気ィつけてねぇとお前もパシられるぜきっと」



後ろにいった重心で晴輝の座る椅子がぎしりと傾く。
なるほど、どうやら先ほどの長髪の彼が千歳さんであったらしい。
その紹介に僅かながら悪意が見え隠れしている気がしてならないのだけれど。
まぁ仲がいいということにしておこう。
今の説明で麻子が気になったのはそこではないのだ。


「…あの晴輝君、部屋って、?」
「自分の部屋。俺らここに寝泊まりしてッから」


晴輝はある程度予想していたのか、返ってきた言葉は速かった。
寝泊まり、つまりはここに住んでいる訳だ。


「え、え、ちょっと待ってバイトするにしてもあたし住み込みは嫌だよ?」


反射的に乗り出した体が机の上。
住み込み拒否の意を持った言葉が頻りに頭の中を駆け巡る。
正直よく知りもしない人たちと寝食を共にするとか無理すぎる。
再び丸くなった瞳はこの言葉を予想していなかったふう。
暫しの思考停止の後にしれりと言ってのける。


「…いや別に住み込みじゃねェよ、そんな規則ないから安心しな」


俺はただいちいちここに来るのが面倒だっただけだから。
と続く言葉にほっと息をつく。
…何でちょっと安心してるのかはわからないけど。
でもまぁ極僅かではあるけど、せっかく興味が出てきた本屋のバイトなのに住み込みで却下はちょっと残念だし。
彼を見れば面白がって"頻繁に物語変わるから止まった方が楽だぜ?"なんて苦笑混じりに教えてくれる。
笑えない冗談だ。
頻繁に物語が変わるとか、ナイ。
ツラい仕事は好きじゃない。
…あ、そういえば。


「…あ、ねぇちょっとまって」
「…ンだ、まだ何かあんのか?」

そういえばだ。
バイトしろバイトしろだの、いわゆる従業員である晴輝やら千歳やらが麻子をここに連れてきてくれたわけではあるけれど。
今ここに店長がいないことからも今日彼らが自分をここに連れてくることを店長は知らないことが伺える。
つまり、だ。
麻子ははたしてバイトをすることが出来るのだろうか。
という疑問にたどり着くわけである。
だってそうだ。
面接もなにもしてないわけだし、第一店長が駄目といったら駄目なのだから。
いくら自分のしたいことしかしないと豪語した晴輝でも、頭が回る自己中らしい千歳でも、所詮は従業員である以上雇い主に噛み付くことは出来ないだろう。
だったら店長が駄目っていってくれたら一件落着だなぁ、だとか。
そんなことを思って目の前の彼に聞いてみれば、なんだそんなことかと吐き捨てて、


「心配すんな、むしろ簡単には辞めさせねぇよ。せっかく見付けた仲間だからな」


自信満々、高らかに言い切る彼。
その自信はどこからくるの、と、いいかける麻子だけれど。
その視線が急に立ち上がって入り口の方に動く彼に向いたならば、麻子は静かに口を閉じた。
視線の先に見えた影は、彼らが待っていた店長という人物である。


かろんからん、
麻子が入ってきた時と同じ音。
どこかアンティークめいた音が店内に響いて、店長が顔を出す。
はたり、
動きが止まって数秒。
ノンフレーム眼鏡が煌めいて、くいっと中指が眼鏡を持ち上げる。



「………、」
「………、」

暫しの沈黙。
破ったのは店長だった。


「…いいでしょう、合格です。」


何が合格なの、と、思っても声に出ない。
煌めく眼鏡。
興味のなさそうな声、と、目。
だけどその奥の瞳、興味なさ気な瞳がまるで獲物を捉えた蛇のようで。
なんだか少しだけ怖いもののよう。
背筋にぞくりと悪寒が走った気がした。
そんなのも束の間。
コツコツ歩いてきて麻子の目の前。
煌めく眼鏡が肩に軽く手を置く。


「―…唐突すぎる気もしますが…物語が3つも溜まっています。早速ですがお仕事の話をしましょう。晴輝君、千歳君を呼んできて下さい」


にこり、浮かぶ笑みは明らかな営業スマイル。
それでもさっきよりかは幾分か優しくなった瞳。
いわれて千歳を呼びにいった晴輝が店の奥に消えるとこちらを向く店長。
彼は警戒心びんびんな麻子を見るとはははと笑って肩をすくめ、ちいちゃく笑みを浮かべてウィンクして見せた。


「大方話は聞きました、貴女を採用しますよ。…訳あって女の子の従業員を探していたところだったというのも理由の一つですが」


どうぞ、と店の奥へと続くドアを引かれて入るように促される。
………。
拒否権はどうやらないようだ。
斯くして、見事にバイトをさせられるハメになりましたわたくし一ノ瀬麻子です。



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