「――…ユリウス、」
「………何だよ、キーツ」


シン、と静まり返る室内。
場所は教室、だろうか。
耐震工事の為されたばかりの新品な教室はその時に入れ換えたのか、後部がピカピカの椅子と机で埋まっている。
その教室の中心に、教卓。
それの真ん前にただの椅子がちょこんと置いてあって、教室にいる二人はそれぞれ椅子に座るか教卓に立つかしていた。
ユリウスと呼ばれた少年は、向かいに座るキーツという少年へと視線を送る。
場は、微妙に緊迫していた。



「今日のな、」
「あぁ、」



「……………晩御飯はカレーだ…！」


同時、バァンと勢いよく教卓が叩かれる。


「カレーのどこが悪いカレーの！
つかそうじゃねぇよ、俺はシリアスな話を振れッつったンだよ聞こえなかったのかよ…ッ？」
「毎晩毎晩飽きるっつの…ッ！
つかお前は！オレの晩飯が今日も昨日も一昨日もその前もその前もその前もその前もその前もカレーだったのを聞いて何とも思わないのかよ！？」
「どーでもよすぎる…！」
「オレん家の晩御飯が異常だとは思わんのか！？」
「どーでもいいッつってンだろ！！」


ゴッ、と鈍い音が響いてキーツの体が一瞬重力に逆らう。
まさかここで殴られるとは思わなかったキーツはモロにパンチを受けて床で伸びるカタチとなった。
煙をあげる拳に軽く息を吹きかけて、ユリウスは小さくため息をつく。
自分はそんな話を振って欲しかったんじゃない。
異常事態なこの時期に、振るシリアスな話と言ったらアレしかないじゃないか。
しかもさっきテーマは提示したはずだ。
こいつはひょっとしなくても馬鹿なのか。
ユリウスはもう一度、小さくため息をついた。


ユリウス・ランズウィック。
彼は、世間に感心のないひとであった。
今の世の中がどうなってるかわからないと顔に出るほどニュース事情に疎い彼。
そんな彼は今、とある宿題に頭を悩ませていた。
その宿題とは、ここ最近世界を揺るがしつつあるとある事象について調べてくることであり、その事象の原因をできる限り調べてくることであり、最低でも首謀者の情報を集めてくることである。
このご時世、インターネットをちょちょいといじれば簡単に出てきそうな内容でも構わないとのことであったが、生憎ユリウスはそういったものを使えない。
使わないから使えないのだが、まぁそれはおいといて。
いろいろな事情が重なって宿題が出来ていないユリウスが、何とかバレないように友人キーツから情報を聞き出そうと試みた結果がこれだ。
キーツ・カルディコットというひとは、頭のネジが全て迷子なひとである。
重要な話であればあるほど会話がスムーズに進まなくなるという一歩間違えば確信犯な彼であるが、なぜか頭がいい。
そんな彼からなら聞き出せると思った情報だったが、どうやら考えが甘かったらしい。
まさか晩御飯の話を始めるとは、いくらひねくれているユリウスでも思い付かない。



「……なぁ、俺さっき"神降ろし"関連の話をしろッて言わなかったッけか…？
何でこんな時にお前ン家の晩御飯事情なんざ心配しなきゃなんねぇンだよ、アホか」


ボソッと、床で伸びるキーツに呟いて。
はてさてどうやってこの後の報告会を切り抜けるかなと思案するユリウス。
調べてこなければならない事象は"神降ろし"について。
連日のニュースで嫌というほど耳にするこの単語、ニュースキャスターの説明程度の知識しかないユリウスは足りない頭で情報を整理する。


神降ろし、とは、
祭りの場に神霊、つまり属に神と呼ばれる思念を招請すること、もしくは神からの託宣(いわゆる神託と呼ばれるもの)を受けるために、巫女がその身に神霊を乗り移らせることである、らしい。

それをなぜ今調べてこなければならないのかといえば、その神降ろしを悪用しようとしている輩がいて、それを阻止せよとの命が下っているからに他ならない。
何でも、神降ろしを用いて元々は神託を受けるために呼び寄せた神々を、あろうことかそのまま現世に留めて帰さないなどという馬鹿なことをしている集団がいるんだとか何とか。
その集団の名を『ＳＯＧ』。
Successor of God の頭文字を取ったもので、意味は『神の後継者』。
全く、厚かましいにも程がある、と思うユリウスなのだが。
そんな大層なことをしでかす彼らが神を現世に留めて何をしたいかといえば、文字通り単純に神に成り代わりたいだけなのだという。
行動理由も幼稚で阿呆らしいというか、そんな言葉で片付けられるほどに馬鹿げた机上の空論。
そもそも仮に神降ろしが出来たとしてもその次の段階、神を現世に留めておくことが不可能とされている現状で、あろうことか神に成り代わるなぞという考えるだけでも畏れ多いことをしようとする奴らの気が知れない。
本来ならばそれこそ馬鹿馬鹿しいの一言で終わってしまうその主張なのだが、
だが、しかし。
現状は違う。
世界は今まさに混乱の渦に巻き込まれつつあるのだ。
連日ひっきりなしに流れる"神降ろし"のニュース。
報道がこぞって取り上げる点はただひとつ。

何故、神を現世に留めておくことに、ＳＯＧの連中が成功してしまっているのか。

という点。
未だ解明されないこの謎を、それでも情報を求める市民に向けて学者が説明する毎日。
本来は不可能とされているのですが、
何らかの力が作用して、
不確かな言葉が交錯するテレビは真実を見え難くするだけ。





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