カミサマを救う会(3/4)
『フィクソシア』という都市がある。
一部の人間を除いて、国の、世界のために尽力することを誓約した人間が集う都市。
世界防衛機関という組織の。
世界を揺るがす危機を迎えた時に問題に立ち向かう組織の、中央支部が置かれているのがここ『フィクソシア』である。
その都市の、最重要年齢として指定されているのが13〜18歳。
つまり中高生が主な都市国家として機能している都市。
働き盛りな20代30代を最重要年齢にしないのは、時間に融通が利くからか否か。
単に簡単に動かせる手駒であるから故か。
学生ならば"役割"についての知識を教育として学ばせることが出来るから、という見解もある。
まだこの政策が始まって二十年と経っていないが、政府の企みは着実にその成果を成していた。
さて、そんなフィクソシアの学生たちはみな教育の一環として、"詠唱術"というものを学ぶ。
詠唱術とはその名の通り、歌詞を詠唱して発動する術のことであり、それはいくつかの種類に分類されている。
攻撃、防御、補助、付加、召喚、回復等計6つの分野に分かれるそれ。
個人の能力により術の威力は変化し、学校では学生の術威力ごとにレベル分けが行われている。
レベルは最下からE、D、C、B、A、そしてAオーバー。
つまり最上級を以てしても個人の能力が計り知れない場合に限り、Sというレベルに分類される。
Sランクの出現は極めて珍しいといわれていたが、それでもフィクソシアには数名のSランク生がいる。
今回、
神降ろしによる世界混乱の最中、『SOG』の目論みを阻止し、神を救う助けになるよう組織により結成されたチームは、
全員学生、ひいては全員ランクSの強者を集めたものである。
チームに下された指令は簡単。
【降ろされた神を救い、神降ろしを阻止せよ】
大雑把な指令内容だがともかく、そんな訳で集められた合計七人の生徒が、二学期終業式終了後の空き教室で作戦会議なるものを始めようと集まったわけだが。
「…神降ろしを阻止せよ、…とか言われてもなぁ。こっちは神降ろしの原理すらわかってないッつーのに酷だぜ。なぁアーノルド」
「そう言うなよユリウス。取り敢えずホラ、各自神降ろし、あるいはそれに関連した情報、集めてきたやつを報告してくれ」
思わずため息がもれる。
神降ろしを阻止させたいのならば、それ相応の情報くらい与えてくれればいいものを。
ユリウスは同意を求めてチームの実質リーダーへと不満を露にする。
対する青年は、それでも仕方なしといった風にユリウスを軽くなだめて会の続きを促して。
アーノルド・クレイグ、という名の少年はSランクの高校三年生だ。
成績優秀、運動神経抜群な彼が指揮をとるこのチームこそが、神救いに抜擢されたランクAオーバーの詠唱師たちである。
トントントンと紙の束を整えて、アーノルドは誰とも言わず発言を促す視線を送る。
すると、挙がる一本の白い腕。
「じゃあハーティ、頼むよ。自己紹介も兼ねてね」
「任せてアーノルド」
ポニーテール、赤いリボンを揺らす少女は言葉を受けてこくりと頷く。
「ハーティ・バートウィッスル、高校二年。攻撃詠唱分野一本のランクSよ。
私が調べてきたのは過去に起こった神降ろしの事例について。」
ふむ、とアーノルドの興味をひいたところでハーティが資料に視線を落とす。
「今起こっている神降ろしは通算では数え切ることが出来ない数らしいわ。
そもそも神降ろしというのは神託を受けるために神を降ろすことだから、一般の神降ろしなんかを数えちゃうと頭おかしくなっちゃいそうだったからやめたの。」
それから、と続けるハーティはぺらりと紙をめくる。
「その、神託を受けるための神降ろしを利用して神を捕らえようとした例は、過去に3件。
もちろん記録として残ってたのを漁っただけだから実際はもっとあったかもしれないけど」
「3件…か、意外と少ないな」
ぽそりと呟いたアーノルドの耳に、補足的見解が届く。
「……その3件ってのは多目にみて"成功"と仮定されている件であって、神降ろしを悪用しようとした件は少なく見積もっても20は超えると思います」
アーノルドが視線を動かして、
横から、ハーティの説明に補足を入れたのは眼鏡煌めく男子学生。
「…………君は?」
「失礼しました、クレイグ先輩、それからバート先輩。僕はテオドール・デヴィッドソン。補助.付加詠唱分野の一年です」
「テオドール、…君があのテオか。心強いね、宜しく頼むよ」
「こちらこそ」
にっこりと友好的な笑みを浮かべるテオドールに、アーノルドは瞬時に表情を明るくする。
アーノルドがテオドールの前まで歩み寄って行って、かたく握手。
「(……ユリウス、あのテオドールって子誰なの?)」
「(何で俺に聞くんだよ。)」
「(隣にアンタがいるから)」
「(じゃあ反対側のキーツに聞けよ俺知らねぇから)」
「(………アンタって本当役に立たないのね)」
「(……………悪かったな)」
対し、テオドールなる人物を知らないハーティは隣にいたユリウスにこそっと問いかける。
面倒、ということで知らないとは言ったものの、実はユリウス、テオドールという少年の噂は耳にしたことがある。
それを今あえてハーティに言わなかったのは、好奇心旺盛な彼女に質問攻めされるのを回避するためであったのだが。
ああいう言い回しをされると面白くない。
ハーティに聞こえるようにわざとらしくため息をついて。
あからさまに不機嫌そうな彼女の視線から逃げるように、ユリウスは一人挟んで隣のテオドールへと意識を向けた。
テオドール・デヴィッドソンという人間は、頭脳明晰であることで有名だ。
それはチームのリーダー、アーノルドをゆうに超えるだろうとの噂も流れるほど。
学園で一番頭がいい人間を挙げろと言われて、テオドールの名を挙げない人間はいないと言い切れてしまうほどである。
人間関係を壊したくないとか何とかで順当に学年を上がってはいるものの、実はもう大学過程を終えているとの話があるくらいだ。
「……じゃあ私よりも頭良いのかしら」
「ハーティを比較対象にすることがまず間違ってると思うんだけど」
「何ですって」
「何も言ってませんよ?」
情報を得たハーティが呟くと、何も考えず率直に考えを述べるキーツ。
ぎろりとハーティの視線が刺さってちょんと肩を竦めて縮こまる彼が僅かに哀れだ。
その間にもテオドールとの会話を終えたらしいアーノルドが席に戻り、こほんと咳払いする。
「遮っちゃってごめんハーティ、続きお願い出来るか?」
「あ、うん。」
現在この空間には7人の人間がいる。
三年のアーノルド、フェイとかいう人。
二年のユリウス、キーツ、ハーティ、
一年のテオドール、エティ。
ユリウス、キーツ、ハーティ、アーノルド、そしてもう一人の女の子エティの5人は以前よりパーティーを組んでいたことがあるので顔見知りだが、先程のテオドール、そしてアーノルドと同じ学年のもう一人は今回から初めてチームに参加する人間であるので、みんなは二人のことをよく知らない。
しかしユリウスはあまり人間関係に関心がない。
彼はハーティが報告をしている間に、隣に座るエティという少女にこそっと話しかける。
「(エティ、エティ)」
「(…………なにですか)」
「(エティは何調べてきた?)」
「(………はい?)」
「(今回アーノルドから出されてた宿題)」
「(、……ユーリ先輩はエティが律儀に何か調べてくるとでも思ってンのですかよ)」
「(………そうだったな。すまん、思ってない)」
「(でしょう、エティも調べる気は更々にねーです。
…というかひょっとして先輩、また調べてきてない?)」
「(よくわかったな)」
「(威張ってンじゃねーです)」
はふん、と息をつくエティ。
呆れた風な目で見られたユリウスは思わず苦笑を浮かべた。
エティ・フラムスティードという女の子は、勉強が嫌いなお嬢様である。
しなくても出来るから勉強をするという行為が嫌いなだけなのだが、そんなわけでサボりぐせがあったり等授業態度がすごぶる悪かったりする。
そして余談だが、彼女はこっそり言葉遣いが悪い。
敬語が敬語になっていないというか、ですとますをつければ敬語になると思っている可能性がめちゃくちゃ高い。
かたんと椅子を引く音。
どうやらハーティの報告が終わったらしい。
アーノルドの視線がエティへと移る。
「……じゃあ次エティにお願いしようかな」
その言葉にふるふると首を左右に振って発言を拒否するエティ。
しかしアーノルドはにっこりとした笑みを絶やさない。
「エティ」
強い口調で言われて、諦めたらしいエティが席をたつ。
「……エティ・フラムスティード、防御回復補助分野の1年、ランクはS。
…知ってることはハーティ先輩と被るので割愛の方向でお願いするます」
「駄目、割愛無し」
「え」
「え、じゃないだろエティ。」
「…じゃあエティは発言権をテオドール君に譲るです」
「………僕?」
「エティの発言権はエティのモノだ。他人への譲渡は無し」
「……じゃあ、資料をユーリ先輩にあげるので先輩読んで下さい」
「何でだ」
「それも無し」
「……………じゃあ」
「じゃあ無し。ホラ、早くエティ」
「ううっ。」
しぶしぶと報告書を読み上げるエティ。
エティ・フラムスティードというおひとは、常にこんな感じである。
無気力という言葉が似合うか、それともまた違ったニュアンスの言葉が似合うだろうか。
与えられた仕事はきっちりこなすくせに、その先をこなさない。
何に対してもやる気がないというか。
出来るのに出来ない人間であった。
今回の資料も、彼女は調べてきていない。
彼女は彼女の知識の中から、必要な項目をまとめてきているだけなのである。
記憶力が桁違いな彼女は、一度読んだもの聞いたものを一字一句間違えずに記憶するなどということは出来ないが、それに近いことが出来てしまう。
「……エティってやれば出来るのにねぇ、」
「つか、出来てるのにやらないから結果ダメなんだろ」
「ユリウス人のこと言えるのかよ」
「キーツに言われたくねぇ」
エティがしぶしぶ報告書を読み上げる間にも三人の会話は続く。
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