家賃再徴収



遠藤さんの部屋のノブには佐倉さんが教えてくれた通り、"家賃"とでかでかと記された封筒が紐でくくられてぶらぶらしていた。
ご丁寧に【勉強中】のプレートの上だ。
盗られるって。
いくらなんでも盗られるって。
……でもまぁ盗られる前に回収しにこれてよかったかな、とか思いながら封筒に手を伸ばして……、

…………なんか、
封筒からピアノ線みたいな透明な糸が伸びているのをみつけた。


(…………鈴木君だな。)


よくよくたどってみたならば。
封筒から伸びた糸は僕の頭上へ、そこからフックで曲がって階段の方へ伸びている。
そして階段のところの曲がり角でくいっと、左折。
……………。



「………見えてる、見えてるよ鈴木君、頭」
「その手には乗らねぇ」
「……………いや今喋っちゃったじゃん」


ハッと。
息をのむような声が聞こえて数秒。
明らかに機嫌の悪くなった鈴木君が、糸をたゆませないように手繰りながら姿を現した。


「てめぇ賢吾、お前勘よすぎるんだよ」
「勘とかじゃないじゃん見えてたんだから」
「その前の段階だよ馬鹿、糸に気付きやがって」


ケッと悪態をつく鈴木君。
話に聞くところ彼はどうやら、封筒につけた糸を引っ張って、封筒を掴めそうで掴めない場面を演出したかったらしい。
悪戯好きな彼のやりそうなパターンである。


「台無しにしやがって」
「悪戯する方が悪いんでしょう」
「…………ちッ」


ノブについた遠藤さんの家賃を回収して、ついでに用意していたらしい鈴木君から家賃を受け取って。
部屋に戻ると踵を返していった鈴木君と入れ替わるように、今度は階段から今田さんがやってきた。



「……あ、賢吾さんここにいらしたんですね。さっき管理人室まで行ったんですけどいらっしゃらなかったみたいで…。
すみません、家賃徴収今日だったんですよね」


申し訳なさそうに眉を下げる今田さんに、僕は素早く手をふる。


「いえいえ、全然大丈夫です。
今から行こうと思ってたところですよ」
「お手数お掛けします」
「いえいえ」


ポケットから家賃の入った封筒を取り出す今田さん。
そのはずみでポケットから身を乗り出した何かが一緒に床に落ちた。


「…あ、ジョン…」


ぽそり。
呟いて今田さんはそれを拾う。
落ちたのは手製の人形のようだった。
僕はそれを知っている。
あの人形は今田さんが儀式のときに使う人形だ。
毎回名前が変わる。
和名英名何でもあり。


「今回はジョンって名前なんですね」
「えぇ、顔がジョンっぽかったので」
「…そうなんですか……、?」


ホラ、と人形を見せてくれる今田さん。
よく見てみても、ジョンという顔には見えそうにないが。
………と、いうか。
目ないけど。
口しかないけど。


「今日は二人呪…、おまじないをかける対象が二人の予定だったんですが、案外一人でスッキリしてしまったので。
………賢吾さんいります?厄よけになるかもしれないですよ?」
「ああ…、じゃあもらっときます」
「どうぞ」
「どうも」



今田さんが口走った単語はスルーだ。
聞いたら僕が終わる気がする。
何事もないふうを装って人形を受けとると、僕にジョンを手渡すや否や、少しばかり機嫌がよくなったらしい今田さん。
では、と一言言って帰っていった。


………僕は今度ジョンを林田さんにあげようかと思いつつ、喫茶店へと踵を返す。



っとまぁこんな感じな我がアパートですが、皆様お楽しみ頂けましたでしょうか。
こんな個性溢れる住人たちに振り回される僕ですが、毎日それなりに楽しくやっています。
お気に召した方は是非、入居の検討をば。




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