赤ずきん(6/8)
「嬢ちゃんはこっちに来るとき、パスカードか何かを持って来ただろう?」
「パスカード?」
「カードキーのことな、千影からもらったやつ」
晴輝の補足説明に、思い当たる節のある麻子はポケットに入っているカードキーに服の上から触れてみた。
それを見ていた狼がわかりやすくこくりと頷いてみせる。
「そうそれだ。それを持っている人間は……なんかよくはわからんが、物語の世界には"いる"が"いない"ことになってるらしい」
「…へぇ、………えっと、…つまり?」
「つまり、例え俺やお前がいくら狼や赤ずきんなんかと会話したとしても、物語には何ら影響が無いッてコトだな」
ふんすっ、っと、
途中ちょこちょこ補足説明をする程度だった晴輝が何故か最後を締めくくり、然も当然の如く大きく頷いた。
そして耳元で響くため息。
≪………晴輝先輩、そんなコトも言ってなかったんですか…?オレてっきり説明済みかと思ってスルーしてたのに…≫
「訊かれなかったからな」
≪説明なければ普通訊きませんよ≫
「…今訊かれたから教えただろ」
≪説明する気皆無だったじゃないですか≫
「うるせぇよ」
≪図星なんですね≫
なんだか、機械越しでも薫が遠い目をして諦めた表情をしているのを何となく想像するかとが出来た。
≪……とりあえず、先輩への説教と麻子ちゃんへの説明は後に回すとして、時間がないのでお仕事に入ります。
……ッとその前に、晴輝先輩、イヤホンからスピーカーに替えてもらえますか?少し狼に訊きたいことがあるんです≫
「ン?あぁ、了解了解」
すぐさまぴぽぱぱッと、ブレスレットから空中にスクリーンを浮かび上がらせた晴輝は何らかの操作を迷いなく進めた。
ぷつっと音がして、今度は晴輝のイヤリングではなくブレスレットから薫の声が聞こえてきた。
『あーっ、あーっ、聞こえてます?』
「おぅ、そのまま喋っていいぜ。…狼、薫が訊きたいことがあるんだとよ」
「…俺に?」
くいくいっと指を折り曲げて狼を近くまで寄らせると、晴輝は僅かにブレスの音量を大きくする。
『久し振り狼、ちょっと急いでるから簡潔に答えて欲しいんだけど大丈夫?』
「久し振り、構わねぇよ、質問は何だ?」
会話が"久し振り"から始まったことから、どうやらオペレーターである薫も狼と過去に接点があったことが伺えた。
急かすようで申し訳ないと言う薫に快く承諾する狼は、とても絵本で読み聞かせられるような悪者に見えなくて。
麻子はちょっと、お兄さんのようだな、なんて思ったりした。
『出来るだけ簡潔に教えてね、さっき千歳さんに会ったときに言った"赤ずきんの様子が変"っていうのは具体的にどういうことかな?』
途端、狼が何かピンときたような表情をする。
「…嗚呼、もう伝わってンのか。丁度相談しようと思ってたとこだ、簡潔に説明すんのは難しいかもしれねぇが…"赤ずきんが来る前に"…だろ?」
『話が早くて助かるよ』
大事な言葉の抜けた会話はしかし、当人たちには伝わっているよう。
トントントンっと進む会話に、話の内容がまったく理解出来ていない麻子はついていけない。
助けを求めようと隣の晴輝に視線を送ってみたが、俺もよくわからん、と困った顔をしている彼に肩をすくめられてしまった。
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