赤ずきん(8/8)




「まず、物語が狂うには2つの原因がある」


2つの原因、
頭に覚えさせるために、口を動かして復唱。


「一つは完全なる登場人物の気まぐれ。いつも同じ物語を繰り返すのに飽きた登場人物が、違うことをしてみたいからと筋書きにない行動をするパターン。
これは店長が言ってた九十九なんたらッていうのが関係してるパターンな」


ぴこん、人差し指に次いで中指が天を向く。


「二つ目。何者かの手によって、登場人物の中の設定が書き換えられるが故に別の行動を起こしているパターン。こっちは完全に人為的」
「………それって、」
「俺もよくは知らねぇけど、ハッキリ言うと俺たちの他にも何らかの方法で物語に入ってこれる奴らがいるらしい。
そいつらが何か悪事働いてるとかなんとかだけど…まぁこれは後で説明すッから今は気にすんな」
「はぁい、」


とんでも話ではあるが、自分たちも物語に入ってきているのだから他にも方法はあるのだろう。
比較的楽観視型の麻子は瞬時にそんなことを考え、後で説明するとの晴輝の言葉を信じて疑問等々を頭の片隅に追いやった。


「基本的にはな、人為的に物語が狂わされたとしても、物語自体の矯正力だかなんだかのおかげで大抵の変えられた設定は元に戻ってくれる。
お前も見ただろ?1日経ったら猛烈アタック人魚姫が泡になって消えてッたの。あと赤ずきんの物語も少し変わったよな」
「あ…、あの物語の変化はそういうことだったの?」
「そうだ。人為的な狂いは大抵勝手に戻るから放っといても問題ない。
ただ例外もある。…例えばこの赤ずきんな」
「赤ずきん、?」
「人魚姫みたく完璧には元に戻らなかったろ?」
「……ああ、そういえば!」


姉御肌赤ずきん、弱虫狼、
目の前の狼しかり、確かに物語は正しい方向に戻りはしたけれど、


「正しい物語じゃ赤ずきんはバスケットを崖から放り投げたりしないよね」
「だろ?それは人為的な狂いの後に、赤ずきんの気まぐれが起きたからこその変化なわけだ」
「なるほど…」
「こういう場合、つぅか物語の修正は大抵、登場人物を説得して狂いを直すっていうのが仕事になる」
「へぇ…、じゃあ会話は必須なわけなんだね」
「そういうことだ」


だから登場人物たちと晴輝たちは顔見知りなのか、と、どこか納得した麻子である。


「んで、ここからは俺もよくわかんねぇんだけど、」
「ん?」


眉をひそめた晴輝はずびしッ、と狼を指差す。


「コイツいわく、物語の矯正力によって戻ったハズの赤ずきんが"何か変"らしい」
「………変、」


そこで、先程までの話とようやく繋がるらしい。
今の説明を聞く限りでは、矯正力とやらのおかげで赤ずきんの狂わされた設定は元に戻り、赤ずきんは赤ずきんの気の赴くままに行動しているハズなのだが。


『何か変って言われてもよくわかんないけど…、有り得る事象とすれば本来戻るハズの設定が戻りきってないってとこかな』
「今までそんなことあったか?」
『いや、初事例です。店長も困ってますよ』
「だろうな」


いまいちピンときていない様子の晴輝は相変わらず眉を寄せて、補足的見解を述べた薫の言葉に短くため息をつく。


「あの晴輝君、…設定が、戻りきってないってどういうことなんだろ…?」
「ん?……あぁ、そうだな…」


麻子が発した質問に、晴輝は暫し考え込む。


「…例えばな、千歳を例に挙げてみると、」
『……怒られますよ?』
「今いねぇからいいンだよ。
麻子は千歳のことをちゃんと知らねぇと思うからちと説明すっと、アイツは極端に表情のレパートリーが少ないんだ」
「…はい?」
「簡単に言うと常にあの仏頂面ってことな」
「う、うん?」
「で、それを例えば千歳の設定だとする」
「…仏頂面が?」
「仏頂面が。」


突如始まった謎の例えに、困惑気味の麻子。
しかし晴輝は構わずにそのまま説明を続ける。


「ある日突然千歳の設定が変えられて、千歳が常に周囲に笑顔を振り撒き始めるとする」
『……………………それはちょっと、』
「………いや、俺も言ってて気持ち悪ィからスルーしろバンビ、例えだから」
『……努力します』
「…………あは、」


なんだか千歳が普段どれだけ仏頂面なのかがよくわかった気がした。
可哀想な扱いの千歳だが、まぁそれは置いておいて。


「だがしかしそれはものすごく気持ち悪ィ。…と、世界が判断する」
「世界が、?」
「そう、だから元に戻そうとするンだ。千歳はこんな風に笑わない!コイツはもっと仏頂面だ!ってな」
「う、ん。」
「そういう風に世界が千歳に働きかけて、気持ち悪ィ千歳がいつもみたく仏頂面に戻ったとする」
「うん。」
「…………………んで、ここから先はよくわかんねぇから狼が例えろ」
「中途半端だなオイ」
「仕方無ェだろ、何か変の具体例がワケわかんねンだから」
「…………ッたく。」


ヤケに潔く食い下がった晴輝は有無を言わさぬ勢いで狼に指を向けた。
ため息をついた狼は頬を数回掻いてから、どう説明すべきか思考を巡らせる。



「…仏頂面に戻った千歳に、例えば何かしてほしいと頼むとするだろ?薪を割れだとか水を汲んでこいだとか」
「……例えがならではだな。」
「…まぁ、おとぎ話の中だから。」
「うぇッふんうるせぇよ!んで!…普段の千歳ならまずどう答える?」
「当然やらねぇだろうな。むしろ俺にやれッて言ってくる」
「だろう。それがどうだ。設定が戻ったと思った千歳は仏頂面のまま、素直に水を汲みに行った。薪も割っておくからお前は部屋で休んでいろと言い出した」
『…………………、』
「……………バンビ、黙るな」
『…いやぁ、なかなかに違和感が…』
「…………確かにな。」
『……で、なんとなくわかりましたけど…つまりそういうことなんだね?』
「そういうことだ」
『麻子ちゃんは大丈夫?ついてこれてる?』
「……う、ん、なんとなく…?」


終始眉を寄せる麻子に機械越しの薫は僅かに苦笑して、まぁ、あとでちゃんと説明するから、なんて言ってくれた。


「よッし、じゃあ仕事だな。とりあえず赤ずきんの様子見と、出来そうであれば説得とッて感じか?」
『そうですね。あとは双子捜索もあるので出来れば手短にお願いします』
「了解了解、」



晴輝が薫に軽く返事を返した直後、僅かに下がっていた狼の耳がピクンと垂直に立ったのが見えた。
次いで顔を上げる狼につられるようにして花畑の向こうを見て見たならば、
バスケットを片手に小道を進む、
赤いずきんの女の子を視界に捉えることが出来た。


「………じゃあ、仕事始めるぞ、麻子」
「うん、!」


この仕事の始まりが、
あらゆるイレギュラーの始まりであると、気付く者は未だ誰一人としていないようだ。





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