フツーにそうじゃねぇの


「じゃーよろしくお願いします」
「しゃっす!」
「し、ます…」
「あ!?ちょっと待って!俺も!」


くっつけられた机が、四冊のノートで埋まる。「あ、あの」五人が集まっているからぎっちりとしていて身動きがとりづらい。私はもう既に後悔をしていた。
朝、泉くんに挨拶の後すぐに「昼休みに小テストの勉強教えてくんね?」と言われた。うっかり「いいけど…」と答えてしまったせいで、俺も俺もと寄ってきた野球部員(と、浜田くん)に囲まれることになったのである。


(困ったな…)


しかし、ノートを開いてシャーペンを持った、準備万端の彼らから逃れられる気がしない。そんな期待の眼差しを向けないで欲しい…。もう、仕方ない。腹を括って、机からノートとテキストを取り出した。


「じゃあ… 今日の範囲は24ページからここまでなんだけど」
「あ!ちょっと待ってその本持ってくる!」
「そこからかよ…」


バタバタと自分の机に戻る田島くんに、泉くんが目を細めた。「あ、あの、草壁さん」先行き不安だなあと思って田島くんを見ていると、名前を呼ばれた。


「はい?」
「え、っと、あの」


もぞもぞと身体を揺らしながら口籠っている三橋くんを、浜田くんが心配そうに見守っている。しばらくそれが続いてなんだろうと思っていると、急に決意したような目で見上げられてびくっとしてしまった。


「あ、ありがと!、う…」


突然お礼を言われて、へ、と間抜けな声が出た。そんな私の反応に、三橋くんは更にあたふたとして言葉を続ける。


「草壁さん、は、イイヒト、だっ!」


三橋くんの屈託のない表情を向けられて、かあっと顔に熱が集まるのがわかった。恥ずかしい。自分がとても、恥ずかしい。


「い、イイヒトなんかじゃ、ないよ」


勉強を見るのを引き受けたのは、ただ断り切れなかっただけ。そこに私の「イイヒト」の要素があるとはとても言えないと思った。彼らへの親切心が自分にあるとは思えない。上っ面だけの優しさなんて、表面的な関係なんて、私の一番嫌いなもののはずだった。だから、みんなと離れていようと思っていたのに。

顔を上げると、自分の言葉を否定された三橋くんがフリーズしたように固まってしまっていた。この雰囲気に、浜田くんは困ったように目を泳がせている。…泉くんは、


「めんっどくせー」


表情を確認するより前に、泉くんが口を開いた。机に頬杖をついて、ぶすっとした様子で私を見ている。


「草壁、なに難しいこと考えてんの?わざわざ勉強教えてくれんだから、イイヒトだろ」


泉くんの言葉を飲み込めないまま唖然としていると、テキストを持った田島くんが戻ってきた。


「なに話してんの?」
「田島、草壁はイイヒトだよな?」
「なにそれ?フツーにそうじゃねぇの?」


きょとんとした顔で返事をする田島くんに、肩の力が抜けた。…この人たちは、自分の目で見えているものを素直に信じることが出来るのか。この人たちが私のことを「イイヒト」だと思っているのなら、それはそれで、そのままでいいのかもしれない。きっと、誰がなんと言おうと、私が何度否定しようと、自分の見たままでしか判断しないのだ。誰も寄せ付けずに、一人でいようとしていた私にするりと話しかけて来たように。


「それよりさあ、見てよこれ!」


田島くんが私の前にテキストを突き出した。その角はぼろぼろになって千切れている。なんだろうと思って見上げると、田島くんはむうと頬を膨らませた。


「犬にやられた!」
「ぶっ」


不意にほんわかとしたエピソードを聞かされて、これまでの空気とのギャップに思わず噴き出してしまった。はっとして口を塞いだけれどもう遅く、興味津々といった眼差しが四人分、私に向けられていた。


「み、見ないでください」


ノートで顔を隠したものの、すべて後の祭りである。


「草壁さんが笑ってるとこ初めて見た…」


浜田くんの呟きを皮切りに、四人の顔が一斉に綻んだ。


「なんでこのタイミングで言ったんだよ田島!」
「だってさっき気づいてショックでさあ!」
「い、ぬ、飼ってるのか!」
「草壁さん家は犬飼ってんの?」
「う、うちはなにも…」
「犬派?猫派?」
「猫、かな」
「俺は犬派だな」
「お、れ、犬、ちょっと苦手」
「三橋はアイちゃん怖がってるもんな!」
「アイちゃんって?」
「あ、浜田は知らねーのか」


次々と紡がれてゆく会話に、戸惑いながらもいつの間にか普通に参加してしまっていた。おかしいな。今まであんなにも避けていたのに、不思議だ。こんな風に、学校でクラスメイトと話すのが楽しいと感じるだなんて。

結局、勉強時間は少なくなってしまって、田島くんと三橋くんはあまり良いとは言えない点数をとった。




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